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衛戍地一覧

軍管區(内地)
   →首府軍管區(第1軍)
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   →東部軍管區(第3軍)
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總督管區(外地)
   →東方(舊東方帝國領:保護waitonia王國、保護Bratonia王國)總督管區
   →リゾネシア(西南部島嶼領:保護Risonesia王國)總督管區
   →エリシア(遠東祖借地・一部統治區域)總督管區
   →遠東租界管區(beijing, tianjin共同租界)
   →ベツルシア(極北緩衝島嶼領:beturusia自治州)總督管區
   →南洋(國際聯盟委任統治領)總督管區 外國派遣軍管區
   →西比利亜派遣軍管區
首府軍管區  → top
第1師團管區
   第1旅團管區
      →首都 レミニア聯隊區
      →レミニア縣 同上
      →ハナフウーダン縣 ハナフウダン聯隊區
   第2旅團管區
      →ガイツ縣 ガイツ聯隊區
      →グラツイオ・ブルア縣 アルキチェンモント聯隊區
第2師團管區
   第3旅團管區
      →オスタリーチ縣 オスタリーチ聯隊區
      →ウエルズ縣 ブライトン聯隊區
   第4旅團管區
      →クリート縣 クリート聯隊區
      →アンドロメダ縣 アンドロメダ聯隊區
【首都】人口 1,784,000、12區(行政區畫上はレミニア縣の一部、市廳所在地:レミニア區)、人口密度1,487/平方粁、商工業従事率93%、面積100平方粁

古代は北方帝國の属州邊境で、軍團の分遣隊が駐屯していた丘陵にすぎなかったが、内陸と海岸を聯絡する峡谷の出口を防衛し、レミニア平原を見渡す地點に位置していた為、時代が進むにつれ陸上交易を扼する重要な城砦となった。此處に駐屯していた守備軍團は先住土民の平地を征服して豊かな田園地帯とし、良質の小麥を大量に供給するようになった。属州總督府はこれに對し重い關税を課していたが、守備軍團司令官ラート将軍が属州總督府に對し叛亂を起し本國皇帝より獨立の承認を得て王國を興し、レミニアの首府として繁榮、今日に至っている。中世後期に於いては東方帝國の實質的な支配下に置かれ、從来の純粋レミニア人の建設になる單純素朴な都市景觀は變容し、市域は頑丈な東方様式の城壁で防御され、雑多な外國人の居住する複雑な國際都市として異彩を放った。近世に至り漸く東方帝國の衰退に伴い獨立を獲得した。16〜18世紀にはココ王朝の絶對君主制度のもと王都として發展を續けた。19世紀レミニア大公爵時代には産業革命の結果、急激な市域膨張と人口集中が生起し、その猥雑と不衛生は19世紀後期に上下水道、道路擴幅、街灯設置、廣場・公園築造、景觀整備、建築制限、鐵道中央驛・劇場・中央市場設置など大規模な都市改造が完成する迄はまさに魔都と呼ぶに相應しかったのである。名残は今だに歓樂街や裏通、諸方に遺されており、散策の折に實際に見聞する事が出来るであろう。(舊東方帝國属州の地位から祖國を解放したレミニア大公爵の没後、1848年の市民革命によって共和政體が發足し、初の普通選挙による大統領が選出された。當選したのはレミニア大公の甥レミ3世であった。叔父の榮光を背景に1851年末には軍事クーデターを起こし、その正當性が國民投票により承認されると、1852年末に憲法を發布し、現在の政體が發足した。19世紀後半の産業革命完成期にあたり、首府への人口集中に悩んだ政府は、衛生・治安・經濟活動の改良を目的として1853年から1870年にかけて都市改造に取組んだ。) 20世紀に至り、舊城壁外の市町村を合併して大メトロポリス市が誕生、高速交通機關網が敷設され急速な郊外への發展が見られた。市街地は防火を兼ねる區畫道路が整然と縦横に通り、街路樹が繁り、車馬の往来は6車線を數え、市街電車の停留所が500米ごとに置かれ5分おきにやって来る車輌に格安の均一料金にて乗車できる。官廳や大會社は500米四方の敷地を備え、職住接近の為必ず敷地内に住宅及び厩舎車庫を設けてある。繁華街には通路を天蓋で覆った大商店街が林立し、殷賑を極めている。少し都心より離れると、整備された公園が現れ、既に郊外に連續するかの如き風景が展開する。田畑林野が市街地中に混在し始め、乾草を積んだ荷車や放飼の家禽が往来し、眼前に突如として大きな農家が現れたりする。
市民の特徴: 古くからの居住者は都市住民の長所短所を悉く備えている。新物好き、見栄っ張、口が達者、という缺點ある反面、物事に執着せず、案外に控え目、律儀で世慣れている。地方から大量に流入してくる寄留者、出稼人などが古い氣質を持ち込むが、先住者より田舎者と輕蔑され、忽ち都會風に矯正されてしまう。雑多な外國人も多く、同郷人による獨得の小社會を形成している。これらの中では支那人が最多であるが、露西亜人、白耳義人、洪牙利人、愛蘭人も多く、今次戰争後は舊北方帝國、舊東方帝國、及びそれらの殖民地からの流入人口が急増している。
12區名稱(1 ratonia, 2 reminia, 3 metro, 4 heinelski, 5 centro verda, 6 crambon, 7 dembrazey, 8 maribron, 9 le blanc, 10 francheska, 11 flarion, 12 sudfino)これらのうち2〜4が舊市域である


★★★首都衛戍地
衛戍司令官: 第1軍司令官
00-01mrv(メトロポリス市レミニア區凱旋街)中央官廳・議事堂・宮殿・大聖堂・外國公館・大學・博物館・美術館・學士院・技藝院が集中する政治の中樞地。在郷軍人會館、海軍協會々館、聯合糧秣被服兵器商人組合會館もあり、身の振方を決めようとする退營軍人、戰友會に田舎から出てきた在郷軍人、商談に夢中の御用商人で通りはいつも混雑している。

衛戍司令官: 第1軍司令官
國軍總司令部、陸軍参謀本部、陸軍省、海軍本部、檢閲總監部、第1軍司令部、工兵團司令部、第1師團司令部、歩兵第1旅團司令部、レミニア聯隊區司令部、歩兵第1聯隊、第1憲兵隊、レミニア憲兵分隊(1)、第1衛戍病院(一等)


00-02mrp(宮廷)もとレミニア大公爵の屋敷であったものを聯合共和國元首の公邸として使用している。(現在の國家元首はレミニア大公なので、同じ人物が住んでいるわけである。維持費は大公の私費から出ている。)鐵柵を巡らせた質素な館で、護郷軍の大公近衛歩兵聯隊の當番大隊が警備している。館の前は近衛門廣場と呼ばれる公園になっており、近衛大隊の衛兵交代式が行われる。横手に閲兵廣場と練兵場があり、年1回の閲兵式には近衛全部隊が整列する。國法を起草する國務院、長老の集う樞密院、警護擔當の宮廷警察部が併設されており、一般人の入場はおろか、近衛以外の軍隊や民間警察、憲兵の出入すら厳しく禁ぜられている。
レミニア氏は古代軍團駐屯地の地主に過ぎなかったが、商業を營んで蓄財し、中世後半の東方帝國占領時代には世襲の市参事會員として帝國總督府との折衝役を務めていた。近世に至り東方帝國撤退後、絶對王政を布いたココ王朝の宮廷貴族となり、一族には重臣の位に就き政務に参劃する人物が多く、名望家のひとつであった。ココ王朝崩壊後は、レミニア地方の貴族地主を糾合して公國を結成し、代々の當主は海岸地帯をなおも占領していた東方帝國勢力の壓力に對抗しつつ國力充實に努めた。18世紀末のニルス戰役大勝利によって東方帝國勢力を驅逐した後は、巧みな外交術により諸侯聯合を進め、貴族共和制のレミニア大公國を實現させた。

元帥府、侍從武官府


00-03mrg(大公園)パレードで市民に親しまれている奉戴通が真ん中を貫き、全國貴族團の本拠地たる貴族會舘がある。貴族院議員の宿舎を兼ねており、會期中は訪問客と車馬で賑わう。レミニア大公爵が私費で維持する近衛諸部隊と、メトロポリス市民が維持する民兵隊が駐屯する。これらは護郷軍と稱し、軍司令部の隷下にあって正規軍を補助する志願兵部隊である。近衛隊は軍規厳正な精鋭として知られており、煌びやかな正装に身を固め堂々の隊列を組んで衛兵大隊交代式を行う為、いつも大勢の見物人が随伴し首府觀光の名物となっている。近衛将校は上流階級の子弟に限定されており、軍務より社交に熱心で、伊達男の典型とされている。民兵隊は市門・城壁、官衙や民間會社の警備を請負う地味な傭兵部隊であるが、官廳街、御屋敷街、官舎街を擁するレミニア區ラトニア區の需要は多く、隊の資金豊富で、兵士の給與待遇が良い事で知られている。どちらの隊も戰時には首府警備の主力となる。

衛戍司令官: レミニア大公爵近衛隊司令官
護郷軍レミニア大公爵近衛隊司令部、レミニア大公爵近衛歩兵聯隊、レミニア大公爵近衛砲兵聯隊、レミニア大公爵近衛工兵隊
民兵團司令部、レミニア第1民兵隊、G工兵中隊

00-03mrm(音樂堂街)博物館の大廣場に沿った地域のひとつ。音樂學校があり、生徒の下宿の密集する騒音横丁がある。民兵團の軍樂隊は管弦樂部を編成して演奏活動を行っており、最近はラジオ放送への進出が目覚しく、民兵放送管弦樂隊の渾名を頂戴している。

レミニア大公爵近衛軍樂隊


00-03mre(内城壁大廣場)舊東方帝國占領時代の中世末に設けられ、舊市域を延々と囲んでいた防衛の為の頑丈な壁塁が内城壁である。高さ3米に達し、要所に城門が開いており、守備塔が聳えている。内城壁と市街地の間には守備兵が布陣する為の廣い環状道路があり、そのうち特に廣大な場所で演習や練兵が行われた。そこを大廣場と稱する。周囲の敷地は殆ど軍用に使用されている。
00-03mri(廢兵院街)内城壁に沿った地域のひとつ。廣大な面積を占める癈兵院とその關係施設が集まっている。訪問客目當ての商店や旅宿が並び、裏通りに入ると癈兵御用達の酒場や共同浴場が繁盛している。

癈兵院、陸軍墓地、憲兵派遣所(1)


00-03mrg(蛮族街)内城壁に沿った地域のひとつ。刑死者を葬る罪人墓場、その昔には蛮族の居留地があった蛮族通があり、人通りの少ない寂れた區畫。殊に憲兵隊が出来てからは、新しい家が建たなくなった。
憲兵司令部(舊秘密警察局)
00-03mrk(候補生街)内城壁に沿った地域のひとつ。その中に日曜横丁と云う樂しげな區域があるが、これは幼年學校生徒の日曜下宿で繁盛している所。

レミニア幼年學校


00-04mro(ラトニア區官邸街)静かな御屋敷の延々と續く石塀から深い木立が覗き、鳥が啼き栗鼠が見え隠れする道が縦横に巡らされた中世以来の古い町並。官邸、顕官の官舎、貴族の屋敷、大商人や資産家の別邸が集中する。邊縁部には高等師範學校、放送局、中央氣象臺、植物園、映畫撮影所、運動競技場など文化施設及び廣大な恩賜森林、大學演習林がある。
領主ラトニア公はレミニア大公より更に舊い家系で、初代は古代軍團の駐屯司令官であり、後にラトニア王國を築いたラート将軍である。時の總督府に對抗してレミニア地方の獨立を實現させた英雄であったが、その子孫は中世後期の東方帝國占領により實権を失い、帝國總督の陰謀に翻弄され續ける單なる名目上の君主としてかろうじて玉座に留まる時代が長く續いた。近世に至り東方帝國撤退後はココ王朝の重臣として活躍した。一族は財務に長けており、時の重商政策を支える實務家を代々輩出した。レミニア公國では常に重要な閣僚として財政に携わり、ラトニア家は國力充實の蔭の實力者としてなくてはならない存在となっていた。現在も當主は閣僚名簿には必ず名を連ねている。

陸軍大臣官邸、海軍本部長官邸、陸軍参謀總長官邸、憲兵派遣所(2)


00-04mmm(メトロ區メトロ街)商業金融の中心地。全國の銀行と大會社が聯絡部を置く。オリザ河岸に最大の殖民地投資機關たる東方領地經營會社と東方帝國倶樂部があり、外國人も多い。
此の地の第2民兵隊はメトロ區、ツェントロ・ヴェルダ區、ハイネルスキイ區、クラムボン區を占める銀行・會社・大ホテル・劇場街・法曹街・職人街・中央市場の警備を請負っており、その収入の多さはおそらく護郷軍中随一と云われている。優秀な兵士を揃え、その待遇も近衛部隊・第1民兵隊と並んで高水準であるが、金融警備を主としているので、高い指揮能力が要求され、将校にはベテランの常備軍退營軍人を主に採用している。
領主メトロ氏は古代軍團の退役将校で、古代城壁外縁の農地を所有する土豪であったが、近世のココ王朝時代に金融業・投機に手を出して頭角を顕し、献金によって准男爵を授けられた。その後、時の政権に密着する政商として財界に重きをなし現在に至っている。

護郷軍第2民兵隊


metro


00-05mdm(デムブラゼイ區繃帯街)市中を流れるオリザ河の鐵橋を東に渡り、廣い浄水場を横切ると、煤煙の立昇る巨大な煙突が林立する大工場群の只中に入り、景観は錆色となり騒音が耳を衝つ工業都市メトロポリスの貌に變わる。精密器械、工業化學、電氣器械など時代の最先端技術の粋がここに集中する。工場群のほか、工科大學附属工場、高等工業學校、理化學學校、高等料理學校などの教育機關があり、また工業試驗所、中央度量衡檢定所、地質調査所、特許局、電氣試驗所の試驗機關がある。全國の理學・工學關係の技術者・研究者が集う學會館街にはあらゆる専門分科の學會や同業組合が揃っており、それぞれ設備の完備した大きな建物を持っている。娯樂施設として有名なのが不可思議横丁の手前にある中央公衆大浴場である。工場の餘熱を利用して湯を沸かし、市民の憩いの場を提供して、レミニア人の風呂嫌いを矯正する目的にて當時の衛生當局が建設したのであるが、大浴場は今や専ら體育團隊及び軍隊の水泳競技場として利用されている。この區には赤十字中央病院があり、救急病院として日夜の活動を行っているのは洵に賞賛に値する。今度の戰争に際しては多くの救護班が編成され、此處から戰場に出發していった。病院そのものも陸軍豫備病院として後送傷病兵の治療に多大の貢献を成したのである。この區の奇妙な地名の淵源は移民によるものが多い。近世より東歐系の移民が多く、ユダヤ人の集住地區(ゲットー)も幾つかあったが、現在では絶える事無く流入してくる新規住民に埋もれ、混沌とした人種の坩堝と化している。
領主デムブラゼイ氏は古代軍團の退役将校で、この地を開拓して領有権を得た篤農家であったが、手工業を奨励し、優れた職人を招聘して保護したので、中世には大陸各地より名工が集うようになった。既に近世のココ王朝時代には大規模な工場生産を試みており、その基礎を以て産業革命に際しては非常な躍進を遂げた。レミニア大公國時代の造兵廠として活躍し現在に至っている。支族のツブル・デムブラゼイ家は土木・建築及び器械製造の大コンツエルンを經營する。

衛生材料廠、獸醫衛生材料廠、憲兵派遣所(3)

デムブラゼイ橋
pont dembrazey


00-05mdk(デムブラゼイ區クーボー街)護郷軍第3民兵隊はデムブラゼイ區、マリブロン區の工場・工廠警備を主に請負う。

護郷軍第3民兵隊

オリザ河岸


00-06mle(ルブラン區外城壁)市域北部の廣闊な丘陵上にあり、長閑な中流住宅街として給料生活者や隠退者、年金生活者が體裁の良い住居を建て集住する地。殊にコメット街、プラネータ街は美しい町並で知られている。ここには古くから宗教迫害より逃れてきた白耳義系の移民が住み着いて工藝・服飾を生業としてきた為、特徴のある店舗兼工房が並んでいる。仕立屋、香水製造、畫廊の集る大通が有名で、横丁に入ると保険代理店、年金生活者の邸、彫刻家・畫家のアトリエが續く静かな區域となる。更に奥の昔の農道を其の儘街路にした曲がりくねった家並には、どの角にも居酒屋、煙草屋、その横に料理店、下宿が集っており、木立の中に目立たぬように高級娼館が隠されている。外城壁の外れには市立病院の分院があり、高臺の良い空氣を利用して結核患者の療養に充てられている。
町並から離れた田園の只中に19世紀から氣球および飛行船の發着場があり、今世紀に至って更に飛行機の滑走路もでき、ルブラン空港としてレミニア地方の航空交通路の要となっている。航空専門學校、飛行機製造工場が設けられ、また陸軍防空部隊が駐屯するに及んで外城壁にある市街とは別に新たな官舎、職工長屋の群れが出現し、發展しつつある。
領主ルブラン氏は別稱ブランカイと云い、舊東方帝國占領時代に渡海してきた一族で、最初は禮法の教授をしていたが、その才覺を買われて代々の當主は宮廷に出仕し儀典催事を取仕切ってきた。

衛戍司令官: 第1防空菅區司令官 兼 防空第1師團長
第1防空管區司令部、防空第1師團司令部、防空第1旅團司令部、飛行兵第13聯隊、高射砲兵第1聯隊、憲兵分駐所(1)、第2衛戍病院(ニ等)


00-06mlf(ルブラン區流星街)第4民兵隊は田園および森林の監守として機能しており、餘り目立たない存在である。

護郷軍第4民兵隊

閑静な屋敷と洒落た店の混在するコメット街の横丁
comet


00-07mfk(フランチェスカ區大砲街・兵器廠街・軍醫街)穀物蔵や馬市場、競馬場が立ち並ぶ下町。中世以来、多種類の軍需倉庫が置かれ、職人・人足が集住してきた。大規模な兵器工場があり、その周邊には職工長屋が延々と續き、その間に田畑林野が點在する、という半ば郊外の地。特産は桃とそれを蒸留した火酒。
民兵のF騎兵隊は本物の乗馬部隊で、補助憲兵として田園を悠々と巡回する姿が見られる。19世紀初頭ニルス戰役の折、ツ−シン砲兵隊の護衛に驅けつけ、レミニア大公近衛龍騎兵聯隊と共に果敢な突撃を敢行して東方帝國軍團を退散させた武勲に輝く。
領主フランチェスカ氏は古代軍團の退役将校で、この地を開拓した篤農家。中世には一族に聖職騎士團員が多く出て、巡禮路の護衛に異教徒討伐に活躍した逸話が多く残っている。

兵器廠、兵器學校、軍醫學校、憲兵派遣所(4)
護郷軍民兵團F騎兵隊


00-08msi(スドフィーノ區補給廠街・主計街)首府の南東に無秩序に膨張した新興地區。首府に瓦斯を供給するタンクが聳え、林立する煙突の間には中小工場や軍需倉庫、職工長屋が犇いているが、散策者は不意に大きな空地に踏込んで道に迷い、氣がつけば昔乍らの田畑林野の只中を歩んでいる。19世紀までは東方街道の始點として關所と城砦が設けられており、陸上交通の要となっており宿場が榮えたが、鐡道の發達に伴って衰退した。それに代って鐡道の大操車場が設けられ、今次の戰争に際しては軍需品運輸の根拠地となった。高等鐡道學校、鐡道調査所、鐡道職員中央教習所と云った研究教育機關が併設されており、鐵道員のメッカともなっている。被服廠がある為その周邊には下請の繊維工場や皮革縫製工場が犇いており、階級章を縫う内職や徽章をプレスする町工場、軍隊用敷布・寝具の製造など雑多な家内制手工業を見ることが出来る。品質保持のため縣の繊維試驗所も設けられている。場末には追剥横丁、地獄横丁、狼横丁など物騒な巣窟が並んでいる。
民兵のH輜重隊は出動した民兵團及び大公近衛部隊に補給を行う隊であるが、通常は監視隊要員が在隊するのみで、他の民兵と變り無く輕騎兵部隊として官衙・鐡道の警備、田園監守に任じている。
領主スド氏は中世のラトニア王に臣從する騎士であったが、邊境掃討の折この地の占領隊長となり、其の儘定住するに至った。

補給本廠、被服廠、經理學校、憲兵派遣所(5)
護郷軍民兵團H輜重隊


【レミニア縣】人口 2,512,000(首都1,784,000、ヴェルダン市64,000、郡部664,000)、1特別市12區(首都)1市7郡7町34村1,893街(首都1,664街・ヴェルダン市54街・郡部175街)商工業従事率79%(首都93%、ヴェルダン84%)、人口密度465人/平方粁(首都1,487/平方粁、ヴェルダン市640/平方粁)、面積5,400平方粁(首都1,200平方粁・ヴェルダン市640平方粁・郡部3,560平方粁)=愛媛、象徴:小麥
古代軍團の退役兵が定住し耕作に励んだので、小麥の産地として知られるようになった。縣知事は首都メトロポリス特別市を管轄下に置く。
純粋レミニア人の村落が續く豊かな農村風景は、また強健な兵士の供給源でもある。沈着冷静、苦痛に鈍感で、粗衣粗食に耐え、律儀な性格は、レミニア地方の壮丁の特徴となっている。
01-01rvヴェルダン衛戍地(ヴェルダン市郊外)
首府の北方は山脈が自然の要害を成し、オリザ河の流れる深い渓谷だけが唯一の交通路である。渓谷が途切れるとレミニア平野に繋がる臺地が擴り、此處に古来より關所と城壁都市(現ヴェルダン市:人口64,000)が設けられ、その守備隊兵營として現在まで維持されてきた。山嶽森林に覆われ、内務省の林業試驗場と營林署がある。
領主ヴェルダン氏は古代より南北の陸上交易路を扼する地を警備する關所守で、同時に峡谷を囲む山嶽の監視人を兼ねており、いわば首府の北壁を守護する騎士團の首領である。

衛戍司令官: 輜重兵學校長
輜重兵學校、憲兵分駐所(2)、第3衛戍病院(三等)


01-02rvヴェルダン要塞地帯(ヴェルダン市郊外)。
渓谷の要所に沿って堡塁が設けられた難攻不落の要塞地帯。北方から首府に侵入しようとする敵軍は多大の犠牲を拂う覚悟をしなければならない

衛戍司令官: ヴェルダン峡谷要塞司令官 兼 要塞砲兵第1聯隊長
ヴェルダン峡谷要塞司令部、要塞砲兵第1聯隊、第3衛戍病院分院


01-03rnaアルタシュトーノ衛戍地(北レミニア郡アルタシュトーノ町)
首府北郊に開ける畑作地帯の中心地。その一隅に設けられた廣い兵營には、首府の軍用通信・交通網を保守するあらゆる器材が集積されており、電氣兵器の實験場として使用されている。内務省衛生試驗所、縣農事試驗場、園藝學校、女子師範、孤児院がある。
領主アルタシュトーノ氏はレミニア大公の近衛将校であったが、レモニア叛亂事件における戰功により、この地を拝領した。

衛戍司令官: 工兵學校長
工兵學校、中央工兵管區司令部、鐡道工兵第1聯隊、獨立工兵第11大隊、憲兵派遣所(6)、第4衛戍病院(三等)

郊外電車の行樂客(メトロポリス急行電氣鐡道)

レモニア村
comet


01-04rss南レミニア衛戍地(南レミニア郡南レミニア町)
レミニア平野南部の農業生産物集散地。

護郷軍第5民兵隊

comet


01-04rsk★★★クズトフ衛戍地(南レミニア郡クズトフ村)
レミニア平野南部の風光明媚な麥畑に囲まれ、正規軍将校には懐かしい士官學校がある。最近は防空のメッカとしても有名。全土の防空情報が集中する大電波塔が聳え、地下には航空状況を刻々と標示する指揮所がある。
領主クズトフ公爵は、もと露西亜よりの移民であったが、レミニア大公の近衛士官となり、19世紀前半の第1次及第2次ニルス戰役の戰功により東方帝國占領地であったこの地を拝領した。

衛戍司令官: 防空司令官
防空司令部、士官學校、歩兵學校、獵兵學校、憲兵派遣所(7)、第5衛戍病院(ニ等)


01-05rslレオニア衛戍地(シムパニウス郡レオニア村)
レミニア平野西部に廣がる單調な麥畑の眞中に茶色い古びた兵營を並べて第1師團特科部隊が駐屯する。車輛の多い部隊ばかりなので、軍用鐵道の引込線が複數あり、時折、戰車運搬貨車が往来する風景が見られる。
領主レオニア氏は古代軍團の退役将校で、先祖代々この地の經營に励んできた篤農家。

衛戍司令官: 嚮導團長
嚮導團、龍騎兵第1聯隊、野砲兵第1聯隊、工兵第1大隊、輜重兵第1大隊、憲兵分遣隊(1)、第1軍樂隊、第6衛戍病院(三等)

leonia


01-06rst★ツーシン衛戍地(シムパニウス郡ツーシン村)19世紀初頭の第1次ニルス戰役時、この村の低い丘に展開したレミニア民兵團T砲兵中隊が猛射撃で侵入軍に大打撃を与え撃退に成功した古戰場。東方帝國の古式豊かな大軍團が密集隊形にて粛々と首都メトロポリスに向け前進中に、丘の上に突如として現れたツーシン砲兵大尉率いる6門の野砲のつるべ打ちが始まり、阿鼻叫喚の混亂を目掛けて更に民兵團F騎兵隊及び大公近衛龍騎兵聯隊の突撃が敢行され、さしもの東方帝國軍團も壊走した有名な古戰場。
領主ツーシン氏は他ならぬ上記の砲撃を指揮したツーシン砲兵大尉その人である。貧しい下級官吏の家に生まれ、學業を諦めて軍隊に身を投じた。ニルス戰役の功績により、東方帝國占領地であったこの地を拝領

衛戍司令官: 砲兵學校長
砲兵學校、憲兵派遣所(8)、第7衛戍病院(三等)
護郷軍民兵團T砲兵隊
01-07rbbボロジノ衛戍地(ボロジノ郡ボロジノ町)レミニア平野南端にある風光明媚な田舎町。その郊外に工兵器材の大規模な實驗場があり、また東の山地に連なる森林地帯には獵兵部隊の斥候・遊撃演習場がある。
中世後期には東方帝國交易拠點港として海上交通の要衝であった。近世のココ王朝時代には軍港としても使用されたが、18世紀後半のレミニア公國時代に再び東方帝國が占領、大軍が駐屯していた。そのため異國情緒漂う街並は觀光名所のひとつとなっている。

衛戍司令官: 獵兵第1旅團長
獵兵第1旅團司令部、獵兵學校、獵兵第1大隊、獵騎兵第1聯隊、憲兵派遣所(9)、第8衛戍病院(三等)

borodino


01-08rbl★★レミウ要港(ボロジノ郡レミウ町)大陸南岸一帯を防備する水上兵力の根拠地で、1930年に要港部が新設されて以来、それまで小さな漁村であったのが軍港の街として急激に人口膨張し、水道・瓦斯・電氣の施設も設けられ町としての體裁を整えつつある。メトロ急行電鐵の支線も開通して、水兵が首都の歓楽街に繰出すのに便利となった。但し夕方の電車は酔拂水兵で満員なので婦女子は乗車を避けた方がよい。他の要港部と違って、軍醫・經理の海軍學校があるのが特徴。
領主レミウ氏は古代軍團の退役将校で、この地の先住土民討伐に功績があり、入殖して代々農業に携わってきた土豪。

衛戍司令官: 海軍レミウ要港部司令官
海軍大學校、海軍軍醫學校、海軍經理學校、海軍レミウ要港部、海軍第21防備隊、海兵第6聯隊、憲兵分駐所(3)
外出する水兵(メトロポリス急行電氣鐡道軍港支線レミウ停留所)

01-09rbtトリアングロ要塞地帯(ボロジノ郡トリアングロ村)林檎の白い花と桜桃の赤い花に囲まれた岬は、憲兵が厳重に監視していて写真を撮れば即座にフイルムを抜取られてしまう。そこには断崖地下に要塞司令部があり、レミニア平野南沿岸一帯に設けられた堡塁群の指揮をとっているからだ。敵艦隊の接近を撃退すべく備えを怠らず、隠蔽砲臺、軍用軌道を迅速移動する列車砲など工夫を凝らして首府防衛を擔っている。
領主トリアングロ氏は古代軍團の退役将校で、この地に入植した篤農家。古くから本國の宗教迫害から逃れてきた佛蘭西系の移民を多く受入れ、果樹の栽培で利益を上げてきた。トリアングロとは三角の意にして、岬の形状を指した處から渾名として流布されやがて氏族の姓となったと謂ふ。

衛戍司令官: トリアングロ岬要塞司令官 兼 海岸砲兵第2聯隊長
トリアングロ岬要塞司令部、海岸砲兵第2聯隊、憲兵分駐所(4)、第9衛戍病院(四等)
01-10rbr-bビエルノ要塞地帯(ビエルノ郡ビエルノ町郊外)レミニア海岸の向こうに見える大きな島は、古い海賊の根拠地である。その両端には針鼠のように砲臺が備えられ、もし敵艦隊が接近すればこれを撃沈せんと構えている。オリーヴ畑と羊の群れの點在する島は、石鹸製造でも知られ、海軍の殆どの軍港・艦隊經理部はここの橄欖石鹸を購入愛用している。
領主ビエルノ氏は代々海賊を業としてきた家柄であるが、中世のラトニア王國軍の遠征に加擔し、近世にはココ王朝の私掠特許状を得て私設海軍を編成、南洋、東方に進出しては東方帝國の財寳運搬船を略奪した。レミニア大公國時代も引續き海軍の代用を勤めていたが、今度の戰争(1927-29)の結果、正規海軍第1艦隊に編入され、ビエルノ卿の手を離れることになった。護郷軍の義勇海兵は、戰時に海軍編入となる假装巡洋艦をはじめとする諸艦艇の配乗、占領地警備、港湾警備などに補助兵力として使用される。

衛戍司令官: ビエルノ島要塞司令官 兼 海岸砲兵第1聯隊長
ビエルノ島要塞司令部、海岸砲兵第1聯隊、憲兵分駐所(5)、第10衛戍病院(四等)
護郷軍ビエルノ義勇海兵隊
01-11rbr-d▲(ビエルノ郡デントブローソ村)ビエルノ島北部の岬。歯磨粉工場と養豚場がある。
海軍望楼
01-11rvp▲(ヴェスティーブロ郡ピセイヨ島)大陸南方海上に點在する群島のひとつ。燈臺が置かれている。かって硝石の採掘場があり繁榮したが、彈火藥の進歩に伴い廢坑となった。
海軍望楼  → top
【ハナフウーダン縣】人口1120,000(ハナフウーダン市133,000・ラデオン市84,000・コタツーニア市68,000)、3市7郡12町43村475街(商工業従事率48%、ハナフウーダン市92%・ラデオン市88%・コタツーニア市85%)=茨城、人口密度193人/平方粁(ハナフウーダン市665/平方粁・ラデオン市840/平方粁・コタツーニア市340/平方粁)、面積5,800平方粁、象徴:三日月
レミニア平野を西に進むと、峻嶮な山並に囲繞された巨大な盆地が出現する。中央の臺地にヴェガ火山が聳え、古来よりカルト族・トラプ族・ワ族などが王國を築いて定住して居たが、古代レミニア軍團の遠征によりこれに隷属するようになり、定住した退役軍人が諸騎士團を結成するに至ると多くの荘園に分割された。中世末の東方帝國の進出に伴い原住民は山嶽地帯に驅逐されたが、19世紀に至り石炭礦の開發により更に奥地に追いやられ、たびたび守備隊と衝突するという悲劇の舞臺となった。
先住民の諸族は寡黙で剽悍であるが新文明を嫌い、山地に引籠って神と對話し乍ら古代よりの採集狩獵生活を送るのを好む。これを平地から驅逐した勤勉な純粋レミニア人は、麥を栽培する農民として低地部に定住したが、更に炭礦夫、油田採掘夫として地下に濳る事さえ厭わない。彼らに生活必需品を賣込み、礦石を積出して遠くに賣り捌く商人である舊東方帝國人は、戰略に長け藝術を好み計數に長け法を尊重し堅固な城塞都市を建築できた為、この地の三者のうちで最も成功した。
02-01hhハナフウダン衛戍地(ハナフウーダン市郊外)中世末に東方帝國の遠征軍が海路、首府西方の火山地帯を占領し、その海岸に建設した頑丈な商港・城塞都市。多くの大貿易商人が住みついて繁榮し、中世から近世にかけてレミニアの市場を支配した。19世紀に入り軍事支配権を喪った東方帝國は撤退し、ハナフウダン城塞都市はレミニア共和國成立と共にその領土に編入されるが、市民の商業活動は衰えず、在住の東方帝國大商人組合の經營する自治都市として繁榮を続けた。現在も貿易商人の拠點として活躍中で、貴金属・絨毯・香料薬草・絹織物・珍獣など豪奢な商品にかけては首府にひけをとらない。
領主ハナフウーダン氏は舊東方帝國の太守(總督)であったが、帝國撤退後もこの地に残り、自治都市の創設と維持に尽力した。レミニア軍との衝突を避けることができたのは、同氏の巧みな折衝が効を奏したからである。代々聡明な人物を輩出しており、現にレミニア陸軍の将官がこの家の一員である。
縣廰所在地

衛戍司令官: 騎兵第1旅團長
騎兵第1旅團司令部、歩兵第2聯隊、驃騎兵第1聯隊、槍騎兵第1聯隊、胸甲騎兵第1聯隊、憲兵分駐所(6)、ハナフウーダン聯隊區司令部、第11衛戍病院(三等)
02-02hrラデオン衛戍地(ラデオン市郊外)縣西に廣がる礦山地帯を後背に控えた石炭・石油・木材積出港。礦山・油田防衛のため防空兵力が常駐する。
領主ラデオン氏は古代軍團の退役将校であったが、邊境遠征戰争後この地に入植し、先住民と對抗しながら開拓に從事してきた。19世紀中頃に石炭層が發見され、今世紀初頭に油田が設けられると、その積出拠點として繁榮し現在に至る。

衛戍司令官: 防空第2旅團長
防空第2旅團司令部、飛行兵第14聯隊、高射砲兵第2聯隊、憲兵派遣所(10)、第12衛戍病院(三等)
護郷軍ハナフウーダン・ラデオン守備隊
02-03hkカタツニア衛戍地(カタツニア市)縣北東部の山麓に位置する古代よりの城塞都市。製材、家具製造、織物・絨毯修復が盛ん。中世以来の自由都市。山嶽地帯の先住民の襲撃が盛んな頃に市費にて傭兵隊を置いたのが現在の守備隊の淵源。
護郷軍カタツニア守備隊
02-04hkkカーメンスキイ衛戍地(カーメンスキー郡カーメンスキイ町)首都と懸廳所在地の中間に位置する麥作地帯。乗馬・調馬が盛ん。
領主カ−メンスキー公は露西亜からの移民で、もとレミニア大公の龍騎兵聯隊長だった人物。子孫代々の當主はレミニア大公近衛龍騎兵聯隊の名誉聯隊長を務めている。聯隊は第1次ニルス戰役に於いてツーシン砲兵隊の砲撃後、F騎兵隊と共に東方帝國軍の大部隊に對し果敢な突撃を敢行してこれを潰走せしめた。現在も護郷軍に所属する本物の乗馬部隊で田園監守、森番、補助憲兵として縣東部の警備に任じている。部隊のうち半數は首府宮殿の警護に交代出張する。その維持はレミニア大公が私費にて行い、華麗な軍服と中隊ごとに毛並みの揃った乗馬は近衛部隊の精華とされている。

衛戍司令官:獸醫學校長
獸醫學校、憲兵派遣所(11)、第13衛戍病院(三等)
護郷軍レミニア大公爵近衛龍騎兵聯隊
02-05hvtテレピノ衛戍地(ヴェガ郡テレピノ町)縣北西部の山麓に位置する畑作地帯。今世紀に油田開發が行われ、俄かに重要な土地となった。それまでは先住民を牽制する最前線基地として古代より守備兵力が置かれてきたが、現在では油田警備兵力として缺かせない存在となっている。
護郷軍テレピノ守備隊
02-05hvvヴェガ衛戍地(ヴェガ郡ヴェガ村)縣中部のヴェガ火山臺地に位置する畑作地帯。大理石を産し、火口附近に地熱發電所がある。火山は18世紀のココ王朝時代に大噴火を見たが、以来休息している。火砲の發達に伴い、臺地の要所に砲臺を築き、防衛の要とした。縣南部海岸地帯の要塞群が充實してより砲臺の重要性は薄れ、砲臺守備兵も1箇中隊程度となっている。
護郷軍ヴェガ砲臺
02-06hppペガスス衛戍地(ペガスス郡ペガスス町)縣西部の山麓に位置する炭坑地帯。19世紀より良炭を産出し、産業発展の原動力となった。たびたび礦夫の暴動や争議が起きたので、これを鎮壓するに少數の警察力では不足であり、また正規軍部隊は郷土兵で編成されているので礦夫側に加擔する惧れありとする礦山會社は強力な私設警備隊を自力で設けたが、これが現在の守備隊の淵源となっている。3箇大隊が郡下6町2村の炭礦群に配置され縣の護郷軍部隊では最右翼の實力を持つとされている。隊員は地元より採用せず、外地もしくは舊北方帝國の出身者を受け入れ、外國人も多數混じっている。
護郷軍礦山守備隊
02-07hkmマンジライ・ブレートイ要塞地帯(クイレイヨ郡マンジライ・ブレートイ村)縣南の海岸地帯沖合にある大きなクイレイヨ島には、砲臺が針鼠のように備えられていて、敵艦隊の接近を許さない。陶器が特産で、レミニアでマンジライと云えば陶磁器の大皿を意味する。
領主マンジライ・ブレートイ氏はラトニア王國軍の将校で、古代軍團が海路遠征を行った際に占領したクイレイヨ島に入植した兵士の一人であった。中世後期に東方帝國占領軍の分遣隊がこの島に駐屯し、その隊長が偶然に當地の土が陶磁器に適しているのを見つけ本國から職人を呼寄せて商品化したのが始まりである。ちなみにラトニア軍の海路遠征は、遠く北洋にまで及び、ブレートイ家の一人は北極に駐屯していたことがあると云われている。

衛戍司令官: マンジライ・ブレートイ島要塞司令官 兼 海岸砲兵第3聯隊長
マンジライ・ブレートイ島要塞司令部、海岸砲兵第3聯隊、憲兵分駐所(7)、第14衛戍病院(四等)  → top
【ガイツ縣】人口503,500、5郡4町27村124街(商工業従事率38%)、人口密度162人/平方粁、面積3,100平方粁=鳥取、象徴:樫

首府北方の山脈をオリザ河に沿ってヴェルダン渓谷を遡ると、廣大な臺地にでるが、眼下に廣がるのはガイツ盆地である。遥かにグラツイオ・ブルア(青氷河)山脈を望み、深い森と静寂な湖沼の合間に低い丘が點在する複雑な地形は、古代北方帝國の大貴族を惹きつけ、その別荘地として繁榮した。ここに設けられた北方帝國總督府が後のレミニア國家の端緒となった。町の舊市街は當時の總督府の城壁をそのまま遺して、ひっそりと息づいている。面積は日本の奈良縣よりやゝ小。
純粋レミニア人のうち、最も古種に属する諸族が集合したガイツ支族は、寡黙で質實剛健、律儀で勤勉、土を愛し深い森林と荒野の連續であったガイツ平野を古代より營々と開拓してきたのである。


03-01gkgガイツ衛戍地(クヴェルカ郡ガイツ町)
縣廰所在地。鄙びたガイツ縣には市制を敷く大きな都市が無く、古来より當地が行政中心地となってきた。静かな木立の中に家並みが續き、それは東のフラーヴァ川に遮られ、北は巨大な森を遠景に穏やかに擴がる野原で途絶え、西は首府に繋がる國道が険しい丘陵を越えていく裾でまばらとなる。町の南にはこの地方特有の木造の大きな館があり、そこが古代より有名なガイツ城である。歴代の東方帝國ガイツ太守が拠った防衛拠點で、今は縣廰、裁判所などに使用されている。東方帝國撤退後は新たにガイツ領主が任命されたが、政情の変遷に伴い改癈著しく、共和國となってより漸く今のガイツ准男爵の家系が續いている。
護郷軍ガイツ守備隊は縣下一圓に分駐し、田園監視、森林監守、其の他官衙・會社・諸施設の警備にあたる。古代より地主階層を主體とした歩兵部隊で、ガイツ太守の指揮下、オスタリーチ騎士團やレミニア軍團に對抗してきた。現在は本部をガイツ城に置き、分遣隊をハインリヒ村(子爵領)、カーグラス町(伯爵領)、ナシ村(男爵領)に置いている。今度の戰争(1929-30)では西部軍の兵站線路がオスタリーチ方面とグラツイア・ブルア山嶽方面と2本も縣内を通過し、一大兵站區域と化した。もしオスタリーチ縣のオリザ河戰線が破れるか、あるいはグラツイオ・ブルア山嶽戰線が崩壊すれば、北方帝國軍は縣西部に殺到し、首府攻略への侵入豫定路とならんとする緊迫した情勢の中に置かれた。そうした中で護郷軍は兵站管區の守備に任じ、装備も舊式で老兵揃いの地味な聯隊であったが、守備隊の活動がなければ交戰中の戰線直後の戰時下縣民生活は混亂を極め、兵站業務に多大の悪影響が出たであろう、と云われている。
衛戍司令官: 歩兵第2旅團長
歩兵第2旅團司令部、第1工兵隊司令部、歩兵第3聯隊、信號工兵第1大隊、防毒工兵第1大隊、ガイツ聯隊區司令部、憲兵分駐所(8)、第15衛戍病院(三等)
護郷軍ガイツ守備隊
03-02ggvベルダ・カステロ衛戍地(ガイツ・リリオイ郡ベルダ・カステロ村)縣南端の臺地上にある寒村。中世に木造城塞のあった處。領主のベルダ伯(當時)は、レミニア平野からヴェルダン峡谷を抜けてガイツ平野に出る北關門を守備する役目に就いていたが、遊藝人の娘に懸想して職務を怠った隙を突かれ野武士團の奇襲を受けて城を奪取されたので、領地内は一時無法地帯となり、これを復舊するためレミニア軍團が出動したところ、同じく救援に駆けつけたオスタリーチ騎士團と衝突し、それが100年間に及ぶ戰争の端緒となったと云ういわく附の土地。その後、新しくベルダ子爵が任命され、城は復興したが、かろうじて柑橘類の栽培加工を生業として19世紀に至るまで永らく寒村に甘んじていた。1930年に騎兵學校が移駐して後、村の經濟は些か潤うようになった。戰車の實驗場がある。
衛戍司令官: 騎兵學校長
騎兵學校、憲兵派遣所(12)、第16衛戍病院(三等)
03-03gnnナシ衛戍地(ナシ郡ナシ村)巨大なナシ湖北端に臨む中世以来の古い村。北帝國から移住してきた純粋レミニア人は湖の形が巨大な洋梨に似ているのでそう名付けたと云われている。しかし對岸が肉眼では見えない程の大きさであるのに、どうやって全体の形状を俯瞰できたのか未だに學説が分かれている。領主は古代よりこのあたりを根拠地にし、湖を渡る旅人や漁師から通行税を取り立てていた水賊の子孫。ガイツとオスタリーチを繋ぐ位置に領地があり、東西を行き来する者は、いやがおうでもその勢力範囲内を通行しなければならないので、ナシ家は冨み榮えた。その所為で城は堅固で立派だが、いづれの時代にも時の王朝から疎まれ、爵位を賜ったことがなく、レミニア大公爵時代となってやっと男爵位を授った。霧が立籠める湖上には水棲怪獸や怪魚の傳説が豊富。深い森に囲まれて交通不便の地であるが、湖の民が多く住み着き、淡水漁業・養殖業が盛んで、湖岸を取巻く廣大な花畑と養蜂場もある。霧が出やすく湖岸は入り組んでおり盗賊や世捨人の隠れ家として最適であるため、海軍砲艦の巡視區域となっている。1930年に海軍航空隊の水上飛行機練習場が設けられた。
衛戍司令官: 海軍航空隊司令
海軍航空隊(陸上訓練年度に當たった水上飛行機部隊の交代駐屯)

遊弋する練習水上飛行機

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【グラツイオブルア縣】人口131,000、2郡2町5村59街(商工業従事率47%)、人口密度187/平方粁、面積700平方粁、象徴:雪結晶

首府北方のヴェルダン峡谷を抜けた途端に望見できる雄大な青い連峰は頂上に萬年雪を戴き、とうていそれを越えられぬと誰しも思うであろうが、實は古代より北方帝國に続く峠道が細々と續いており、稜線には城塞が設けてあるので、急ぎの旅人はこれを辿っていった。その峠道に出没する山賊どもを取締り、羊飼や樵(きこり)を統治する領主がアルキチェンモント(聯峰)大公爵で、グラツイオ・ブルア(青い氷河)がその山嶽領地である。要所に點々と配置された堡塁と哨所には、山嶽兵と山砲兵の分遣隊が詰めており、かっては重要な國境防衛線であり、先の戰争(1927-28)でも北方帝國軍とレミニア軍が1年間に亘り激しい山嶽持久戰を展開したことで知られている。合併により兩軍合同した現在は大陸南部奥深く侵攻してきた敵軍を悩ませ牽制するべく難攻不落の山嶽要塞となっている。
牧夫、樵、炭焼、馬子、獵師、養蜂家から成る住人は、剽悍にして耐久力に優れ、射撃を能くし、峻険な地形を熟知、健脚を以て絶壁断崖を容易に踏破する。中世以来、屈強の傭兵供給源として有名である。住民は叡智と決断力に富み孤獨を好む風變りな性格を持つが、来客には親切。


04-01ggaグラツイオ・ブルア衛戍地(グラツイオ・ブルア郡アルキチェンモント町)
縣廰所在地。領主アルキチエンモント大公は、古代北方帝國の山嶽守備隊長であったが、中世には邊境伯領となり、其の儘近世に至る。レミニア聯合共和國結成時に對等合併する為、山嶽地帯の領主を糾合して大公國を名乗り、其の合併の功により實際に大公爵を授爵された云う謂われがある。凡そ該地方の領主どもは中世より山賊を生業としていたので、爵位を授かった者は大公以外は皆無である。僅かにルジュガスティオ村の領主が准騎士である他は、すべて土豪身分に留まっている。そのルジュガスティオ准騎士も城下の旅宿に逗留した巡禮一行があわや宿の慣習に從って人肉燻製となる處を助命した處、巡禮は帝國の高官の長い間行方知れずとなっていた係累であった為、功を賞して准騎士となったと謂ふいわくがある。
人口僅少であるにも拘らず縣としての社会施設は完備しているので、住民は恵まれている。高山にあるので、内務省の高層氣象臺が置かれ、また縣立の山嶽専門學校は登山術、スキー術、高山農業、觀光經營など獨特の講座を設け、内外から遊學する生徒で繁盛しており、冬季には觀光客が詰め掛ける。今度の戰争(1927-28)では1年餘に及ぶ山嶽持久戰の舞臺となり、レミニア・北方帝國の兩軍とも築城・交通路工事に邁進したので、戰後は跡地を利用した山嶽鐡道や架空索道が發達した。戰争で中断していた水力發電所の建設が再び進められ、電力供給力の向上に貢献しつつある。

衛戍司令官: 山嶽獵兵第1旅團長
山嶽獵兵第1旅團司令部、歩兵第4聯隊、山砲兵第1聯隊、山嶽獵兵第1大隊、山嶽獵兵第2大隊、アルキチェンモント聯隊區司令部、憲兵分駐所(9)、第17衛戍病院(三等)
護郷軍グラツイオブルア獵兵隊
04-02gssソプニア衛戍地(ソプニア郡ソプニア町)グラツイオ・ブルア山脈の西半部。山裾は急峻な崖地を重ねてオスタリーチ平野に連なっている。空氣清浄な高山のゆえ、國立結核療養所を中心に公私大小の療養施設がある。
領主ソプ氏は中世以来、山賊として有名であった為、遂に爵位を授かる事無く、騎士身分の儘現在に至っている。今度の戰争(1927-28)では山嶽持久戰の舞臺となり、年餘に亘り激闘が繰廣げられた。

衛戍司令官: 山嶽獵兵第3大隊長
山嶽獵兵第3大隊、憲兵派遣所(13)、第18衛戍病院(五等)  → top



【オスタリーチ縣】人口466,000(市部148,000)、1市5郡1町18村170街(商工業従事率57%、市部93%)、人口密度233/平方粁(市部740/平方粁)、面積2,000平方粁=東京、象徴:クローバー

古代北帝國の貴族別荘地としてガイツと共に榮えた豊穣の地。オリザ河が大きく蛇行し、その沿岸には畑作地が廣がる。オスタリーチ平野と呼ばれているが、實は盆地であり、ガイツ盆地とは巨大なナシ湖で隔てられているに過ぎない。南端の山裾に発展した市場と工房群が現在のオスタリーチ市の淵源。別荘貴族の需要を満たすために北帝國より移住してきた職人・商人の自治都市は、中世には北方に至る陸上交易の始點として殷賑を極めた。東方帝國の海上交易の隆盛に伴い、徐々に衰退し、商工業の中心はレミニアに移ったので、19世紀中期には鄙びた農業地方となってしまった。市街には優雅な館が建ち並び、古い城壁や市庁舎が過去の繁榮を物語っている。縣の面積は東京府の9割程度。
オスタリーチ人は優雅な社交性を持ち、言葉附も柔らかく、生活様式は闊達である。服装に凝り美食を好む半面、乗馬・射撃・撃劔に熱心で古式豊かな騎士道精神を遵守する。

長閑な郊外の丘陵地。地面の線條は1929-30年の塹壕の跡。(レゴーモ村附近)


05-01oo★★オスタリーチ衛戍地(オスタリーチ市郊外)
縣廰所在地。領主オスタリーチ氏は古代北方帝國の總督としてこの地に赴任以来、市壁の中で政務を取り續けてきた。中世には侯爵となりオスタリーチ騎士團を指揮してレミニアを壓迫し、ガイツ地方の争奪戰を繰り廣げたが、近世に至りレミニア軍の大侵入を受け、二度の戰役で敗退した後、總督職は癈止された。その後成立したオスタリーチ共和國はレミニア聯合共和國結成時に併合され、政治的求心力を全く失ってしまった。侯爵家も崩壊し危うく血筋も途絶えようとした處、庶民の暮らしに埋もれた遠い親戚から見出された現在の當主が後継となり、かろうじて准男爵の位を得て家系は存續している。
今度の戰争(1929-30)では郊外を流れるオリザ河を巡って両軍激烈な戰闘を一年餘に亘り展開したため、臨戰都市として市民は厳しい生活を強いられた。最寄のオリザ村に兵站終末點が設けられ、正規軍に應召しなかった成年男子は護郷軍諸隊に入隊し兵站守備兵力として活躍した。市内の赤十字病院は醫科大學附属醫院と共に兵站病院として傷病兵の治療に努め、縣下の醫師は悉く軍に志願した。住民は自警團員として秩序の維持に當り、女性は篤志看護婦として從軍した。

衛戍司令官: 第2師團長
第2師團司令部、歩兵第3旅團司令部、野戰重砲兵第1旅團司令部、野戰高射砲兵第1旅團司令部、歩兵第5聯隊、野戰重砲兵第1聯隊、野戰重砲兵第2聯隊、野戰高射砲兵第1聯隊、野戰高射砲兵第2聯隊、獨立照明第1中隊、獨立聴音第1中隊、獨立第1砲兵情報隊、オスタリーチ憲兵分隊、オスタリーチ聯隊區司令部、第19衛戍病院(ニ等)
護郷軍オスタリーチ歩兵聯隊、オスタリーチ重砲兵隊、オスタリーチ輜重隊
05-02ookオスタリーチ要塞地帯(オスタリーチ市城塞)市街地に隣接した岩の臺地。砲臺を備えた大規模な城塞があり、その裾に流れるオリザ河を天然の要害として利用し、古代よりオスタリーチ市から外敵を斥けてきた。
衛戍司令官: オスタリーチ城市要塞司令官 兼 要塞砲兵第2聯隊長
オスタリーチ城市要塞司令部、要塞砲兵第2聯隊、憲兵分駐所(1)
05-03oosシュトナバゾ衛戍地(オスタリーチ郡シュトナバゾ村)オスタリーチ市郊外東北のオリザ河とアンドロメダ山地裾野とに挟まれた臺地上にある軍用飛行場。飛行用・実験用の飛行器材が集積されて、此處を基地として飛行兵學校嚮導飛行隊が實驗を示す「X」の符號を附けた新鋭器材の試驗飛行を行っている。巨大な石切場があり、堀跡の空洞を格納庫代わりに利用している。
護郷軍義勇飛行隊は今度の戰争(1927-28)で操縦手の練習飛行を實施する教育部隊として在郷有志により編成され、航空消耗戰の人材補充に大きな貢献をなした。隊員には正規軍に召集され殊勲を挙げた者が多く、また戰争後半には義勇飛行隊獨自で巡邏・偵察・聯絡・救難飛行作戰を行った。
領主シュトナバゾ男爵はオスタリーチ騎士團の最右翼騎士であったが、フリーメースンの一員でもあると云う噂が實しやかに囁かれている。

衛戍司令官: 飛行兵學校長
飛行兵學校、混成襲撃飛行兵第2旅團司令部、獨立混成飛行第9大隊、獨立混成飛行第10大隊、獨立混成飛行第11大隊、獨立混成飛行第12大隊、獨立混成飛行第13大隊、獨立混成飛行第14大隊、獨立混成飛行第15大隊、憲兵派遣所(1)、第20衛戍病院(三等)
護郷軍義勇飛行隊
05-05occクローヴァ衛戍地(クローヴァ郡クローヴァ町)
縣北西部の森林丘陵地帯。峠を越えれば舊北帝國の領土となる。レミニア軍は僅かな監視部隊しか置いていなかったが、今度の戰争ではクロ−ヴァ獵兵隊が最初に北方帝國の進入部隊を迎撃する最初の部隊となった。大軍に壓倒され、オリザ河の線まで後退した獵兵隊は正規軍の騎兵部隊と交代し、以降後方守備に轉じ、村は北方帝國軍に占領され、農地は戰車機動戰の舞臺となった。
護郷軍クローヴァ獵兵隊
05-06ossセーワ衛戍地(セーワ郡セーワ町)オスタリーチ平野北邊の中心地。セーワ侯爵の城館と馬市場があり、周邊の村々は古来より優秀な乗馬産地として知られている。住民は調馬に秀で、富裕である。
領主セーワ侯はオスタリーチ騎士團長として代々活躍してきた。18世紀後半の第2次オスタリーチ戰争の際には領地をレミニア軍に占領され外國に亡命していた。
護郷軍セーワ騎兵隊は近世のオスタリーチ共和國時代に編成された輕騎兵聯隊を始めとし、たびたびレミニア軍と交戰した歴史を持つ。今度の戰争(1929-30)では補助憲兵として前線背後の警備を擔任した。

衛戍司令官: 龍騎兵第2聯隊長
軍馬補充廠、龍騎兵第2聯隊、野砲兵第2聯隊、工兵第2大隊、輜重兵第2大隊、憲兵分遣隊(1)、第21衛戍病院(三等)
護郷軍セーワ騎兵隊


05-07osr-sサン・ルージャ要塞地帯(サン・ルージャ郡サン・ルージャ村) ナシ湖をオスタリーチ平野に抜けると、オリザ河の南岸に砂礫質の臺地があり、緩やかな登りとなってアンドロメダ山地の山裾に續いている。一帯は國教會の聖地のひとつ。古い修道院と國内唯一の神學科大學がある。領主はサン・ルージャ子爵。教會自體の領地はオリザ河の流れる豊かな低地にあったが、18世紀初めのレミニア大公爵による宗教改革で没収された。奥地の山裾には15年の歳月をかけて建設されてきた大規模地下要塞が、いまなお擴張を續けているが、内部がどのようになっているのかは重大な軍事機密である。この地の住民は純粋レミニア人と少し異なり、サイド、ユイク、ビルキンスンなどの北方系氏族が混淆しており、菜食よりも肉食を好み性格も獰猛かつ豪胆にして冷酷なところがある。これは中世にオスタリーチ總督が自領内に侵入したレミニア軍團に對抗するために北帝國派遣の傭兵聯隊を雇用したところ、諸聯隊は給料の遅配により次々と解散して遊兵と化し戰場離脱して監視憲兵を虐殺したのち、ちりじりに逃げ込んだ一帯が、この村の附近であり、更に丘を登ってアンドロメダ山地の山襞に潜り込んでしまった、その子孫であるためと謂われている。
衛戍司令官: サンルージャ地下要塞司令官 兼 要塞砲兵第3聯隊長
サンルージャ地下要塞司令部、要塞砲兵第3聯隊、憲兵分駐所(2)、第22衛戍病院(四等)

  → top


【ウエルズ縣】人口468,500(市部246,000)、1特別市(3區)2郡3町8村311街(商工業従事率70%、市部88%)、人口密度334/平方粁(市部820/平方粁)、面積1,400平方粁=香川、象徴:帆船

大陸西南部の海岸地帯を占め、海賊根拠地として中世以来有名であったが、この地の支配者ウェルズ公が交易都市を建設して海上貿易の中継點として榮えるに至った。
住民は純粋レミニア人であるが、都市部の商人に白耳義人が、港湾部の船主に蘇格蘭人が多く進出している。いづれも本國での迫害から逃れてきた人々の子孫である。


06-01wbuブライトン衛戍地(ブライトン市スルルブ區)縣廰所在地。大陸西南部の湾岸に發達した商業都市。17世紀にレミニアがオスタリーチの陸上交易勢力に對抗するべくウエルズ(舊稱ベルツ)商港を開き、領主ウエルズ公に招かれた金融・貿易・運輸の商人が自由都市を建設したのが始り。ブライトン市長はレミニア王國のココ王が派遣した都督であったが、此の地がウェルズ公國となった時代に、當主がオスタリーチに妥協せず、レミニア側に加擔したため准男爵を授けられた。しかし一説に依るとレミニア大公に献金し授爵されたとも謂ふ。
市北をオスタリーチに抜ける峡谷には、オリザ河の源泉ドウニエがある。市西郊に廣がる農場地帯は、前の戰争(1929-30)で侵入してきた北帝國軍にレミニア軍の守備師團が奮戰虚しく敗退を重ねた場として今もその傷跡を残している。

衛戍司令官: 歩兵第6聯隊長
歩兵第6聯隊、憲兵派遣所(2)、第23衛戍病院(四等)
護郷軍ブライトン擲彈兵聯隊
06-02wbs(驛)
ブライトン聯隊區司令部
06-03wwwウエルズ要塞地帯(ウエルズ郡ウエルズ町)ウエルズ商港の防衛のため古くからあった城塞。縣の領主がこぞって臣從する大領主ウエルズ公爵の城館がある。公は近世のレミニア王國ココ王朝時代に軍事顧問として英國から招聘された将軍であったが、其の儘レミニアに定住し、レミニア公國時代にはその子孫が第5民兵隊長としてニルス戰役に活躍、民兵隊とその家族を率いて當地に入植した。
衛戍司令官: ウエルズ湾要塞司令官 兼 海岸砲兵第4聯隊長
ウエルズ湾要塞司令部、海岸砲兵第4聯隊、憲兵分駐所(3)、第24衛戍病院(四等)
護郷軍ウェルズ擲彈兵聯隊
06-04wwv★★ヴィクトリア要港部(ウエルズ郡ヴィクトリア村)ウエルズ商港に隣接する。大陸西沿岸を防備する海軍部隊の根拠地。
衛戍司令官: 海軍ヴィクトリア要港部司令官
海軍ヴィクトリア要港部、海軍21防備隊、海兵第3聯隊、憲兵分駐所(4)
兵站總監部船舶輸送司令部、兵站總監部集積基地、ヴィクトリア停泊場司令部

工作部の船渠


06-05wwg▲ゲオルグ峡谷軍用地(ウエルズ郡ゲオルグ村)山嶽地帯に入る険しい峡谷に沿った寒村。谷の奥には泣く子も黙る陸軍監獄が陰鬱に聳えている。
陸軍第1監獄  → top
【クリート縣】人口587,000(ヴルカニロ特別市200,000、カウフマンベルク市113,000)、1特別市(2區)1市3郡4町6村401街(商工業従事率71%、ヴルカニロ特別市90%、カウフマンベルク市91%)、人口密度345/平方粁(ヴルカニロ特別市1,000/平方粁、カウフマンベルク市1,130/平方粁)、面積1,700平方粁=香川、象徴:玉葱

大陸西南端にある海岸に沿い荒涼とした細長い地帯を、中世以来クリート邊境伯(後に侯爵)が領有しクリート邊境伯領(後に候國)と呼ばれていた。海岸部は玉葱と木炭、漁業を主とする寒村が點在するのみであったが、山地部では良質の石炭・鐵鑛石を産出するため鍛冶が盛んであった。工業近代化を迎えて注目され、次々と礦山・製鉄所・化學工場ができ、工業コンビナートが展開された。


07-01cccクリート衛戍地(クリート郡クリート町)縣廳所在地。丘陵にクリート侯爵の城館があり、周邊の荒野には玉葱畑が廣がっている。海岸地帯の工業都市に押されて活気の無い町であるが、行政の中心地として面目を保っている。
衛戍司令官: 歩兵第4旅團長
歩兵第4旅團司令部、歩兵第7聯隊、憲兵派遣所(3)、クリート聯隊區司令部、第26衛戍病院(三等)
護郷軍クリート歩兵聯隊、オネーギン槍騎兵隊
07-02cvcヴルカニロ衛戍地(ヴルカニロ市チェラロポリスタ區郊外)海岸地帯に建設された重化学工業地帯。防衛のために防空部隊が常駐している。近くの鐵礦山と製鐵所にも分遣隊が駐屯。
海岸線防御の為、護郷軍の重砲臺が配備されている。

衛戍司令官: 防空第3旅團長
防空第3旅團司令部、飛行兵第15聯隊、高射砲兵第3聯隊、憲兵分駐所(5)、第25衛戍病院(三等)
護郷軍ヴルカニロ重砲兵隊
07-03cab▲バラアジュイヨ軍用地(アガサ郡バラアジュイヨ村)大陸西南端沖合に浮ぶ島。沿岸に接近する敵艦船を監視するには最適の地。中世には魔女の集會場として有名だった。別名「塵芥島」
衛戍司令官: 内地檢疫所長
西比利亜派遣軍内地檢疫所
海軍望楼  → top
【アンドロメダ縣】人口363,000(市部102,000)、1市3郡5町11村180街(商工業従事率53%、市部90%)、人口密度214/平方粁(市部510/平方粁)、面積1,700平方粁=香川、象徴:綿花

大陸西南部山嶽地帯の眞中にある廣大な平原。周囲をアンドロメダ山地に囲まれた大盆地。中世に騎士團が幾度も殖民を試みたが、原住民の強力な抵抗に遭って敗退を重ね、やっと近世になって冒險家アンドロメジロが火器を装備した傭兵隊を率い全土を占領した。地質が綿花栽培に適し、原住民を奴隷に使用して、全國の綿花の殆んどを供給してきた。治安が悪く山地原住民の叛亂に悩まされていたが、19世紀末にはレミニア軍の壓倒的な軍事力の投入で漸く平定に成功した。
原住民は古来より獨得の文明を持っていたが、遊牧生活を送っていた為、保存が為されておらず、その殆どが喪われてしまった。平原が綿花畑に覆われてしまったので、奴隷となるのを免れた原住民が山地に入り、牧畜生活を營んでいる。


08-01aaアンドロメダ衛戍地(アンドロメダ市)
縣廰所在地。縣南部の港町で、外界への唯一の安全な出口となっている。アンドロメダ縣は周囲を高い重層した山地に囲まれているため、この港以外に外界に通ずるのは険しい峠道を辿っていく他に方法がない。それは何日もかかる行程で、人家とて無く野營を續け、時には巨大な空腹の野獸や山賊や原住民の叛亂分子の襲撃を受ける危険も覚悟しなければならない。しかも氣候の悪い季節には通行ができないほど山は荒れるので、旅は夏場に限られる。冬の積雪や濃霧、春秋の嵐や洪水により行方不明となる旅人がほとんどである。最も良く使われるのは縣北のオスタリーチに通ずる行路で、無事に抜けられるとアルトと呼ばれる急坂の草原地帯に出る。そこを何日か費やして辛抱強く下って行けばオスタリーチ市の裏手にたどり着くことができるのだが、しかしその成功率は天候の良い夏場でも5割に満たないと云われている。
領主のアンドロメダ侯は、此の地の征服者アンドロメジロ将軍の子孫。
護郷軍は自警團と称し、各郡に支部を置く。當初は先住民の監視が任務であったが、武装野盗團の討伐、補助憲兵なども兼ねるようになり、少ない警察力を補って縣内治安維持に貢献している。一旦出戰となれば近隣各戸から必ず1名が臨時志願者として馳せ参じ、大兵力となるのが特長で、邊境ならではの動員態勢と云えよう。正規軍は外征用なので内國の事件には大規模な叛亂や原住民の強制移住など餘程の事が無い限り出動しない。

衛戍司令官: 歩兵第8聯隊長
歩兵第8聯隊、憲兵派遣所(4)、アンドロメダ聯隊區司令部、第27衛戍病院(四等)
護郷軍アンドロメダ自警團
08-02abバライル要塞地帯盆地南端にある唯一の開口部である狭い海岸の沖に浮ぶ不毛の小島。中世には魔女の箒を作る島として知られていた。敵艦隊の接近を監視し上陸を阻止するため要塞化されている。
衛戍司令官: バライル島要塞司令官 兼 海岸砲兵第5聯隊長
バライル島要塞司令部、海岸砲兵第5聯隊、憲兵分駐所(6)、第28衛戍病院(四等)、海軍望楼
南部軍管區  → top
第3師團管區
   第5旅團管區
      →デーモン縣 タークスゲボイデ聯隊區
      →グリュンバルト縣 ローゼンベルク聯隊區
   第6旅團管區
      →ダーリエ縣 ダーリエ聯隊區
      →ジルベリア縣 ジルベリア聯隊區
   南部島嶼警備區
      →南部直轄地ツーダン州 ビンネンメーア聯隊區
第4師團管區
   第7旅團管區
      →ランデンドルフ縣 ランデンドルフ聯隊區
      →ボオ縣 ゴトビント聯隊區
   第8旅團管區
      →ティエルライヒ縣 ケーニヒスガルテン聯隊區
      →ザフィア縣 ザフィア聯隊區
【デーモン縣】人口346,000、3郡4町16村125街(商工業従事率42%)、人口密度173/平方粁、面積2,000平方粁=東京、象徴:枳殻(カラタチ)

密林地帯の西端にあるゴルトフィッシュ湖から流れ出るデーモン河が峡谷を蛇行して海岸部に達するまでの長大な沖積地に沿った農業地帯。開闊で眺望よく、耕地、森林、丘陵がほどよく混在し、錫や丹砂など鉱物も採取できる。もともとランデンドルフの余剰人口と野盗團、異端者などが流入する邊境であったが、中世に獨逸語圏から大量の逃亡農奴や流浪の騎士が移住してきて高度に開拓された。彼等は自由民から成る理想デーモン自由國を構成し、精強な傭兵隊の供給源として廣く名を知られた。
勤勉かつ勇猛な住民は、火吹龍や魔物の跋扈する危險な峡谷地帯を美しく整った田園地帯に變え、平和と秩序を齎した。殊に異教徒のエプーム團やルボーム團との長期に亙る闘争は永く語り伝えられている。デーモン人の規律好きは有名であるが、異郷からの逗留者にとっては時に煩わしく感ぜられるかも知れない。


09-01dst★★★タークスゲボイデ衛戍地(南デーモン郡タークスゲボイデ町)縣廳所在地。農産物の集積地。海岸部の沖積地にある。象徴は枳殻(からたち)の葉と実。かって中世に榮えた自由農民の理想郷デーモン自由國の首府で、その議會場は未だに縣會議場として使われている。
衛戍司令官: 第2軍司令官
第2軍司令部、第3師團司令部、歩兵第5旅團司令部、タークスゲボイデ聯隊區司令部、タークスゲボイテ幼年學校、歩兵第9聯隊、第2憲兵隊本部、タークスゲボイデ憲兵分隊、第29衛戍病院(一等)
09-02dmrローテンブルク衛戍地(中デーモン郡ローテンブルク町)デーモン河が長大な峡谷を蛇行して海岸地帯に流入する境目に位置し、かって自由國の防衛拠點となった堅固な城塞都市。現在も要塞地帯として活用されている。赤い城壁が特徴。象徴は双頭の蛭。
義勇歩兵隊は中世の自由デーモン國時代より存在する郷土警備部隊で、各郡に中隊を置き、傭兵の出稼に出ようとする壮丁の教練も擔任していた。優秀な傭兵の供給源であったデーモン自由國の傳統は現在も續いており、青少年及び補充兵役、國民兵役の教練を實施する補助教育部隊として活動している。

衛戍司令官: 獵兵第2旅團長
獵兵第2旅團司令部、龍騎兵第3聯隊、野砲兵第3聯隊、工兵第3大隊、輜重兵第3大隊、獵兵第2大隊、獵騎兵第2聯隊、憲兵分駐所(1)、第2軍樂隊、第30衛戍病院(三等)
護郷軍デーモン義勇歩兵聯隊
09-03dmrkローテンブルク要塞地帯(中デーモン郡ローテンブルク町城塞)ローテンブルク町の南端に横たわる中世以来の長大な城塞を其の儘近代要塞として使用している。壁土に丹砂を混ぜてあるので城壁は赤く見える。
衛戍司令官: ローテンブルク城市要塞司令官 兼 要塞砲兵第4聯隊長
ローテンブルク要塞司令部、要塞砲兵第4聯隊
  → top
【グリュンバルト縣】人口376,000、4郡3町21村103街(商工業従事率36%)、人口密度157/平方粁、面積2,400平方粁=神奈川、象徴:松

大陸中央部にある人跡未踏の大密林。デーモン河を溯っていくとゴルトフィッシュ湖に至るが、對岸は既に密林地帯が始まっている。廣大な緑の沃野は四周を聯峰で囲まれ、僅かに西端のゴルトフィッシュ湖と、東端の地峡が出口となっている。南端には古代に建設され19世紀後半に補修された大規模な運河が設けられており、密林から流れ出る水は總てここに注がれ、ゴルトフィッシュ湖に流入する。運河沿いに開拓村が點在している。
開拓民はデーモン縣の過剰人口が供給源となっているが、厳しい自然との闘いの中で、剛直かつ厳格な性格が育てられ、他縣の住民からは恐れられる存在となった。


10-01grrローゼンベルク衛戍地(ローゼンベルク郡ローゼンベルク町)
デーモン自由國とグリュンバルト大密林地帯の間にある中世以来の荘園。ローゼンベルク邊境伯は中世期に密林原住民の監視目的で置かれ、ゴルトフィッシュ湖の南岸一帯を領有している。町の周辺は廣大な薔薇園が續き、醸造用・香料用薔薇の大規模な栽培で知られている。
護郷軍獵兵隊はローゼンベルク伯獵騎兵中隊と密林獵歩兵大隊からなっており、廣大な縣内の警備に必要不可欠な兵力とされている。

衛戍司令官: 歩兵第10聯隊長
歩兵第10聯隊、ローゼンベルク聯隊區司令部、憲兵派遣所(1)、第31衛戍病院(四等)
護郷軍グリュンバルト獵兵隊
10-02ggaアエロプラッツ衛戍地(グリュンバルト郡アエロプラッツ町)
大密林地帯南端の運河沿いに建設された廣大な飛行場に附属する人工都市。前の戰争では北帝國戰略空軍の奇襲爆撃に遭い、駐屯していたレミニア爆撃部隊は戰わずして壊滅した。
衛戍司令官: 飛行軍司令官
飛行軍司令部、飛行第1師團司令部、飛行第1旅團司令部、飛行兵第1聯隊、飛行兵第2聯隊、アエロプラッツ憲兵分隊、第32衛戍病院(一等)  → top
【ダーリエ縣】人口747,000(ダーリエ市170,000、シュタインオーフェン市90,000)、2市4郡7町21村406街(商工業従事率60%、ダーリエ市94%、シュタインオーフェン市89%)、人口密度249/平方粁(ダーリエ市1,700/平方粁、シュタインオーフェン市900/平方粁)、面積3,000平方粁=鳥取、象徴:ダリア

大陸中部南岸の良港に臨む堅固な城壁に囲まれた都市。デーモン自由國の東隣に位置し、古代より東方帝國の貿易根拠地のひとつとして繁榮してきた。世界中のあらゆる貿易船と異邦人が豪奢珍奇な品を持ち込むところとして知られ、周邊地帯を占領して大規模な要塞都市を構成し、近隣諸侯の攻撃を斥けてきた。東方帝國の南洋に對する交易拠點都市として殷賑を極め、20世紀初頭に至るまで大規模な傭兵軍隊と艦隊を維持して、大陸南岸から南洋にかけての制海権を掌握していた。北帝國が東方帝國を併合した機會にダーリエ自由都市として本國より獨立し、北帝國に對抗していたレミニア共和國の保護支邦となる。今次の戰争(1927-28)後、1930年にレミニア聯合共和國の一部となった。
護郷軍の義勇海兵は、戰時に海軍編入となる假装巡洋艦をはじめとする諸艦艇の配乗、占領地警備、港湾警備などに補助兵力として使用される。


11-01ddダーリエ衛戍地(ダーリエ市)
衛戍司令官: 歩兵第6旅團長
歩兵第6旅團司令部、ダーリエ聯隊區司令部、歩兵第11聯隊、憲兵分駐所(2)、第33衛戍病院(三等)
護郷軍ダーリエ義勇海兵隊
11-02ddmダーリエ要塞地帯(ダーリエ市海岸)
東方帝國が築いた港湾防御要塞であったが、レミニア軍が引継ぎ、そのまま海岸要塞として使用している。工夫を凝らした死角の無い築城ぶりは諸國要塞の中でもひときわ優れたものとされている。
衛戍司令官: ダーリエ湾要塞司令官 兼 海岸砲兵第6聯隊長
ダーリエ湾要塞司令部、海岸砲兵第6聯隊、憲兵派遣所(2)
11-03ds★★シュタインオーフェン衛戍地(シュタインオーフェン市郊外)
大製鐡所がある工業都市。中世以来、良質の鐵の供給地として知られ、またデーモン自由國とダーリエ自由都市とを結ぶ海岸交通路を扼し、獨自の傭兵隊を養い両者の緩衝地帯として機能していた。レミニア共和國に支邦として加わり、1930年にレミニア聯合共和國の一部となる。住民は勤勉かつ非常に合理的な思考の持ち主であり、市参事會は護郷軍の維持をいち早く放棄し、餘力を専ら高度防空都市に注ぎ込まんとする模様である。

衛戍司令官: 第2防空管區司令官 兼 防空第2師團長
第2防空管區司令部、防空第2師團司令部、防空第4旅團司令部、飛行兵第16聯隊、高射砲兵第4聯隊、憲兵派遣所(3)、第34衛戍病院(二等)



11-04dsh★★★ジルベルハーフェン軍港(ダーリエ郡ジルベルハーフェン町)深い湾口をもつ良港。中世以来、東方帝國の艦隊根拠地として有名。東方帝國崩壊後はダーリエ自由都市の支配下にあった。海軍の軍港として今に引継がれている。此処から南洋の植民地との聯絡・防衛を任務とする艦隊が出動するのである。世界大戰(1914-18)當時には大規模な航洋潜水艦基地として同盟國の利用に供されたが、現在どのような機能を果たしているのかは軍事機密となっている。
衛戍司令官: 海軍南方鎮守府司令長官
海軍南方鎮守府、海軍第2防備隊、水兵團、海兵第2旅團司令部、海兵第4聯隊、海軍工廠、海軍病院、海軍監獄、ジルベルハーフェン憲兵分隊

南洋への根拠地 舊東方帝國時代には銀湾港(ジンワンコン)と称された 

大起重機

防備隊(祝砲の發射中)


11-05dkk★★コーレンベルク衛戍地(コーレンベルク郡コーレンベルク町鐡山)
デーモン河の注ぐ海岸の沖合に浮かぶ大きな細長い島。良質の石炭と鐵を産出する。デーモン南海岸からダーリエ港沖合にかけて、陸地に覆い被さるような形で浮かび、一帯を防衛する要塞島としても知られている。島内には炭礦をはじめ、陸海軍の施設が點在する。

衛戍司令官: 防空第5旅團長
防空第5旅團司令部、飛行兵第17聯隊、高射砲兵第5聯隊、憲兵分駐所(3)、第35衛戍病院(三等)

炭礦夫で賑う廣場


11-06dkfファールラアトシュタント要塞地帯(コーレンベルク郡ファールラアトシュタント村)コーレンベルク島西端にある絶壁を利用した砲臺群が連なる難攻不落の海岸要塞。
衛戍司令官: ファールラートシュタント岬要塞司令官 兼 海岸砲兵第7聯隊長
コーレンベルク島要塞司令部、海岸砲兵第7聯隊、憲兵分駐所(4)、第36衛戍病院(四等)
11-07dko■オーベルシェンケル・フェッセルン軍用地(コーレンベルク郡オーベルシェンケル・フェッセルン村)昔の要塞監獄があった丘陵。現在も古い城砦を其の儘に陸軍監獄として使用している。
陸軍第2監獄
11-08dkkv★コーレンフェルト軍用地(コーレンベルク郡コーレンンフェルト村)良質の石炭が採れる大規模な炭礦。専ら軍の保護を受け、産物は軍用に供している。
海軍採炭所

海軍雇いの炭礦夫で繁盛する村の中心地


11-08dks▲ゼーシュランゲ軍用地(コーレンベルク郡ゼーシュランゲ村)
海軍望楼  → top
【ジルベリア縣】人口679,000(市部90,500)、1市6郡6町29村269街(商工業従事率47%、市部94%)、人口密度189/平方粁(市部1,780/平方粁)、面積3,600平方粁=奈良、象徴:羚羊(カモシカ)

大陸中南部の山嶽地帯は大銀山を擁し、獨逸語圏より渡来した騎士團により開發され、中世以来ジルベリア王國として繁榮してきた。もとは誰も行きたがらない魔物の棲息地として知られていたが、あるとき流浪の騎士が山中の盆地を通行していたところ、乗馬が動こうとしなくなったため、仕方なく暫し休憩していると、馬が蹄で盛んに地面を叩き始めた。目を土に凝らすと無數の銀礦石らしきもので地面が覆われていた。騎士は職人の親方を呼んできて礦山を開設したが、銀は無尽蔵にあったので、忽ちのうちに騎士はジルベリア(銀の國)領主として知られるようになった。そのもとには有力な傭兵騎士が集まり、銀礦警備のために騎士團が結成された。縣下の各村領主の先祖は皆この騎士團員であった。これがジルベリアの由来である。
ジルベリア領主はダーリエ自由都市の貿易商に銀を賣り、必要な兵器糧秣を大量に購入して軍事強國として臺頭した。たびたび山嶽地帯から兵を繰出して北部の平原地帯に進出を圖りレーベ王國、ザフィア候國と戰ったが、そのつど長大な兵站線を維持できず失敗に終わっている。
領地の廣大な山嶽地帯は海岸線と内陸部の間を塞いでおり、大軍隊の通過を妨げているため、大陸の柔らかい横腹に當てられた鐵の甲冑に喩えられている。奥地の錯綜した山襞は古代より魔法使や妖怪の棲息する地として知られており、現に食用蛙や蛇、蜘蛛を飼う怪しい村もあり、秘密の峰で毎年の大魔術集會が開かれるといまだに信じられている。


12-01ssジルベリア衛戍地(ジルベリア市郊外)
衛戍司令官: 歩兵第12聯隊長
歩兵第12聯隊、憲兵派遣所(4)、ジルベリア聯隊區司令部、第37衛戍病院(四等)
護郷軍ジルベリア大公爵近衛聯隊、ジルベリア獵騎兵隊、ジルベリア飛行隊
12-02sfoオストリッヒ・ツオル要塞地帯(フルール郡オストリッヒ・ツオル村)
山嶽地帯を貫く峡谷の東端には、古来より關税を徴収する關所兼要塞が設けられていた。ジルベリア王國の東部邊境。近世には、この地の隘路を通過して東方帝國遠征軍が北部平原レーベ王國領に侵入したため、これを監視しジルベリア領土内への侵攻を阻止するため要塞が設けられた。

衛戍司令官: オストリッヒ・ツオル要塞司令官 兼要塞砲兵第5連隊長
オストリッヒ・ツオル峡谷要塞司令部、要塞砲兵第5聯隊、憲兵分駐所(5)、第38衛戍病院(四等)
護郷軍山嶽獵兵隊  → top


【南部直轄地ツーダン州】人口401,000、3郡3町26村158街(商工業従事率53%)、人口密度71/平方粁、面積5,700平方粁、象徴:睡蓮

南方海上にある巨大な島。中世より東方帝國の南洋航路に於ける中継貿易點として繁榮したが、近世に至り東方帝國の軍事力が衰えるにつれ諸方の海賊團が掠奪するところとなり、18世紀末には遂にレミニア共和國がこの島を占領し、その属州となった。レミニア海軍は政府公認の私掠特許状を持つ海賊團そのものであり、東方帝國や北帝國艦船と常に戰闘状態にあった。現在では聯合共和國の軍港として大陸南部洋上の制海権を握る艦隊根拠地となっている。住民はもともと少數の土着遊牧民と漁民が暮らしていたが、参謀本部陸地測量部さえも把握していない人跡未踏の地が多く残されている。


42-01cbbビンネンメーア軍用地(ビンネンメーア郡ビンンネンメーア町飛行場)島の中心地。良港に接し、周邊背後に山脈を控え、中世より難攻不落の大規模な城塞都市が構築されている。
衛戍司令官: 海軍ノルドツーダン要港部司令官
ビンネンメーア聯隊區司令部、海軍ノルドツーダン要港、海軍第2防備隊
42-02cbkクランケン要塞地帯(ビンネンメーア郡クランケン村)島の北方にそびえる山嶽に張巡らされた堅固な海岸防御施設。レミニアから赴任した總督が建設した。
衛戍司令官: クランケン要塞司令官 兼 海岸砲兵第8聯隊長
クランケン要塞司令部、海岸砲兵第8聯隊、憲兵派遣所(5)、第86衛戍病院(四等)
42-03cggゲブリーデル衛戍地(ゲブリーデル郡ゲブリーデル町)島の北方に廣がる廣大な荒地。半砂漠化しており、住む人間も極めて少なく、町には牧童、石油試掘人、旅人、兵隊相手の商人の店がある程度。いまだに未踏部分が存在し、地圖は殆ど大きな空白地帯で占められている。奇怪な昆蟲や両生類が棲息すると云う噂が流布されており、現に探検隊や巡邏中の陸軍部隊が消滅すると云う事件が相次いでいる。
衛戍司令官: 獨立歩兵第51聯隊長
獨立歩兵第51聯隊、憲兵派遣所(6)、第86衛戍病院分院(四等)
42-04ckkクレンメ衛戍地(クレンメ郡クレンメ町)島の西部山嶽地帯。人跡未踏の地。巡邏飛行中の軍用飛行船が巨大な蟷螂の大蛇を捕食するを目撃したとの報告があるが、當該空中觀測士は脳病科に入院した。彼は黒蟻が行列を成して獲物を運搬しているので、獲物をよく見ると人間であって、蟻は羊程度の大きさだったと云うのである。
衛戍司令官: 防空第13旅團長
防空第13旅團司令部、飛行兵第25聯隊、高射砲兵第13聯隊、憲兵分駐所(6)、第87衛戍病院(三等)
護郷軍第4守備隊司令部、護郷軍乗馬獵兵第10聯隊、護郷軍獨立騎砲兵第4中隊、護郷軍獨立工兵第4中隊  → top
【ランデンドルフ縣】人口643,000(ランデンドルフ市259,000、フロリエンベルク市78,000)、2市2郡2町21村363街(商工業従事率61%、ランデンドルフ市91%、フロリエンベルク市87%)、人口密度257/平方粁(ランデンドルフ市2,590/平方粁、フロリエンベルク市780/平方粁)、面積2,500平方粁=佐賀、象徴:柊(ヒイラギ)

大陸深南部にて古代より榮えた盆地。周囲を自然の要害たる山嶽で囲まれ、南方に開いた平地はジルベリアに繋がる。西方の峠を越えるとデ−モン自由國に通じ、東方の峠はレーベ王國に、北方の峠はローゼンベルク伯爵領に繋がるという地の利を生かし、中世より商工業が榮えた。獨逸語圏より渡来した騎士團により樹立されたランデンドルフ朝は、近代に入り絶対王政を敷いて、強力な軍事力を保持した。傭兵隊を駆使し、小國ながら廣く海外投資を行い、莫大な資産を蓄積した。一時はデーモン自由國を占領し、レーベ王國に侵攻し、ダーリエ自由都市と同盟して南洋海域を席捲する勢いを見せたが、18世紀にはレミニア共和國や北方帝國の臺頭によって制海権を喪失し、亡命した王に替って資産家・企業家の主宰する立憲政軆に移行した。傳統的な職人藝を誇る精密工業は、高精度兵器の生産を保障する。山嶽に囲まれ戰火の容易に及ばない地勢は、國軍の兵器廠として相應しい。


13-01ll★★ランデンドルフ衛戍地(ランデンドルフ市郊外)王國の首府。手工業が盛んで、特に甲冑刀劒の匠が集住することで知られている。整備された街路と上下水道をはじめとする公共施設は、近代の内政整備の一環として推進された都市計畫の賜物である。最も安全な都會とされているが、住民の氣質が堅苦しいので移住しようと云う人は餘りいない。
衛戍司令官: 第4師團長
第4師團司令部、歩兵第7旅團司令部、歩兵第13聯隊、ランデンドルフ憲兵分隊、ランデンドルフ聯隊區司令部、第39衛戍病院(ニ等)
護郷軍ランデンドルフ義勇聯隊
13-02ltlイリイン軍用地(トレーゲル郡イリイン村)自働車産業の中心地。中世から近世にかけて東欧系の傭兵隊が定住した。
兵器廠イリイン支廠、憲兵派遣所(7)、第40衛戍病院分院
13-03lbbバッテリエ衛戍地(バッテリエ郡バッテリエ町)精緻な工作技術を誇る分厚い職人層が集う優秀火器生産の現場。國軍砲兵のメッカ。ランデンドルフ人の緻密な技能が生かされている。
衛戍司令官: 野戰重砲兵第2旅團長
野戰重砲兵第2旅團司令部、野戰重砲兵第3聯隊、野戰重砲兵第4聯隊、獨立第2砲兵情報隊、兵器廠バッテリエ支廠、憲兵分駐所(7)、第40衛戍病院(三等)
護郷軍バテリエ砲兵大隊     → top
【ボオ縣】人口202,000(市部112,000)、1市1郡1町4村139街(商工業従事率70%、市部91%)、人口密度337/平方粁(市部1,120/平方粁)、面積600平方粁、象徴:雷

ランデンドルフ縣の南に繋がる盆地。古来より陸上交易中継點として榮えた。中世以来、他國より戰亂を避けて移住してきた新教徒を主とする精密工業に從事する職人や金融業者が自治都市を組織し一帯を支配してきた。航海用の精密計測器や望遠鏡を供給し、現代に至って航空機産業が發達した。氣候穏やかで郊外には静かな森に囲まれた別荘が點在し、隠遁者が好んで住み着く。


14-01bgゴトビント衛戍地(ゴトビント市郊外)飛行機産業の中心地。迫害を避けて本國から逃れてきた新教徒が建設した自治都市。國内で最も進學率が高く、多くの優秀な技術者を輩出している。
衛戍司令官: 野戰高射砲兵第2旅團長
野戰高射砲兵第2旅團司令部、防空第6旅團司令部、歩兵第14聯隊、野戰高射砲兵第3聯隊、野戰高射砲兵第4聯隊、飛行兵第18聯隊、高射砲兵第6聯隊、獨立聴音第2中隊、獨立照明第2中隊、憲兵分駐所(8)、ゴトビント聯隊區司令部、第41衛戍病院(三等)
護郷軍ボオ銃騎兵隊
14-02bppピオニエル衛戍地(ピオニエル郡ピオニエル町)工兵器材生産の中心地。中世以来の自治都市。職人組合が大きな力を持つ。住民は勤勉で知られている。
衛戍司令官: 南部工兵管區司令官 兼 第2工兵隊司令官
南部工兵管區司令部、第2工兵隊司令部、信號工兵第2大隊、防毒工兵第2大隊、獨立工兵12大隊、鐡道工兵第2聯隊、兵器廠ピオニエル支廠、憲兵分駐所(9)、第42衛戍病院(三等)
護郷軍ピオニエル工兵隊

ゴトラント急行鐡道と並行して走る國道

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【ティエルライヒ縣】人口1,313,000(市部452,000)、1特別市(6區)4郡2町72村455街(商工業従事率87%、市部92%)、人口密度753/平方粁(市部1,270/平方粁)、面積8,000平方粁=兵庫、象徴:獅子

古代3大帝國のひとつに數えられるレーベ王國の本拠地。背後に山嶽を控えた高地に堅固な城塞都市を築き、そこから眺望し得る限りの廣大な平野を領地とする。絶對王政を敷き、近隣の諸國を從え、繁榮した。しかし外洋への進出をダーリエ自由都市とその要塞群により遮られ、東方帝國、ジルベリア王國、ランデンドルフ王國の侵攻に悩まされ、勢力伸張が妨げられた。レミニア純粋民族の王朝にもかかわらず、臣下には獨逸語圏より渡来した騎士團や傭兵隊長が多く、村々の地名はことごとく獨逸語風となっている。近世に至り、レミニアなど新興勢力と同盟して存續を圖ったが、産業近代化に遅れをとり、現在はレミニア聯合共和國の一員となり、大農業地帯として専ら邦内静謐の保持に専心している。これといった工業はなく、道をいけばひたすら農場が續く風景が見られる。農場主は自ら騎士をもって任じており、劔術・馬術に秀でているが、あまり現代兵器には關心がない様子である。


15-01tksシュロッス衛戍地(ケーニヒスガルテン市シュロッス區郊外)王國の首府を囲む大城壁沿いに兵營・官衙が配置され、廣場と見紛う幅を持つ環状道路「リング」が繞らされている。難攻不落の王城は曾て一度たりとも外敵の侵入を許した事がない。18世紀に行われた東方帝國遠征軍の包囲も、この城壁により斥けられた。
衛戍司令官: 歩兵第8旅團長
歩兵第8旅團司令部、防空第9旅團司令部、歩兵第15聯隊、飛行兵第21聯隊、高射砲兵第9聯隊、憲兵分駐所(10)、シュロッス聯隊區司令部、第43衛戍病院(三等)
護郷軍レーベ大公爵近衛隊、レーベ大公爵銃士隊、太子護衛隊、樞機卿親衛隊、騎兵隊、義勇歩兵聯隊(歩兵隊、抜刀隊、決死隊、劔士隊、槍兵隊、弓兵隊、門番隊)、砲兵隊、工兵隊、憲兵隊
15-02tppピアストル衛戍地(ピアストル郡ピアストル町)ケーニヒスガルテン市の南方に廣がる田園地帯にある陸上交易中継點。四通八達の交通路網の中心點に位置している。國王の勅許を得た小さな免税市場から始まり、次第に擴張され町の體裁をとって、ついに自由都市となり中世から近世にかけ殷賑を極めた。現在も物資の集積地として繁盛している。殊に今次の戰争(1929-30)では東部戰線の兵站基地が置かれ、大きな供給能力を發揮して活躍したことは人々の記憶に新しい。
衛戍司令官: 龍騎兵第4聯隊長
糧秣廠、龍騎兵第4聯隊、野砲兵第4聯隊、工兵第4大隊、輜重兵第4大隊、憲兵分駐所(11)、第44衛戍病院(四等)
15-03tph▲ヒルシェ衛戍地(ピアストル郡ヒルシェ村)
衛戍司令官: 騎兵第2旅團長
騎兵第2旅團司令部、驃騎兵第2聯隊、槍騎兵第2聯隊、胸甲騎兵第2聯隊、憲兵分駐所(12)、第45衛戍病院(三等)  → top
【ザフィア縣】人口399,000(市部116,000)、1市2郡2町20村159街(商工業従事率42%、市部91%%)、人口密度173平方粁(市部1,160/平方粁)、面積2,300平方粁=神奈川、象徴:蒼玉
レーベ王國の属州。「優美なザフィア候國」として知られた。寶石と生藥を特産する豊かな地方。その領主ザフィア侯爵は王國西南部の邊境守備に任じ、レーベ王とは姻戚關係を保っている。中世には南方山嶽地帯より進出してくるジルベリア王國軍をたびたび撃退した。また西部より侵入するランデンドルフ王國軍の補給路を断って撃退するなど、武勇・知略に優れた幾多の記念すべき戰績を残している。特に驃騎兵の捜索能力が優れており、その傳統はレミニア騎兵隊に受継がれている。
16-01sssザフィア衛戍地(ザフィア郡ザフィア町)ザフィア侯國の首都。美しい中世建造物が多く遺されており、侯爵の宮廷は聯合共和國中もっとも優美とされている。
衛戍司令官: 歩兵第16聯隊長
歩兵第16聯隊、憲兵派遣所(8)、ザフィア聯隊區司令部、第46衛戍病院(四等)
護郷軍ザフィア侯爵近衛驃騎兵隊、ザフィア侯爵歩兵隊、首獲從者隊、荒鷲飛行隊
東部軍管區  → top
第5師團管區
   第9旅團管區
      →チエラルカ縣 チエラルカ聯隊區
      →アルジェント縣 アルジェント聯隊區
   第10旅團管區
      →マルボルドリエンタ縣 ツインドルルブ聯隊區
      →ソヴァジラント縣 ワルト聯隊區
第6師團管區
   第11旅團管區
      →グランポンド縣 ドマルノヴァ聯隊區
      →東部直轄地モント・グレネイェグ州 ラプリマ聯隊區
   第12旅團管區
      →東部直轄地ゲムリヴェル州 ラデウア聯隊區
      →東部直轄地ネジュヴァレト州 ラトウリア聯隊區
   東部邊境警備區
      →東部直轄地ヴァルリヴェル州 ラクヴァラ聯隊區
【チエラルカ縣】人口236,000(市部128,000)、1市1郡1町5村148街(商工業従事率70%、市部92%)、人口密度169/平方粁(市部640/平方粁)、面積1,400平方粁、別稱レインボウ・ガーデン、象徴:虹

大陸東南部の海岸地帯。海岸線に沿って樹木に覆われた小高い丘陵が連なり、自然の要害を成している。丘陵の背後は乾燥した不毛の横に長い平坦地で、北にはすぐに山嶽が連なっており、數少ない峠を越えて内陸部に至る事ができる。


17-01ghgh★★★ジャルデン・チエラルカ衛戍地(ジャルデン・チエラルカ市、別稱レインボウ・ガードゥン城)
大陸南東部の貿易港。食肉・砂糖・岩塩・木材・石材など東部内陸の物産を一手に積出すため繁盛している。市内は造園が盛んで、至る所に美しい庭園が見られ、しばしば虹がかかり、隊商や船乗の目を和ませる。チエラルカ(虹)ジャルデン(庭園)の市名の由来である。前の戰争(1927-28)では東部戰線の集積基地として重要な役目を擔った。
衛戍司令官: 第3軍司令官
第3軍司令部、第5師團司令部、歩兵第9旅團司令部、東部工兵管區司令部、ジャルデン・チエラルカ聯隊區司令部、ジャルデン・チエラルカ幼年學校、歩兵第17聯隊、獨立工兵第13大隊、鐡道工兵第3聯隊、第3憲兵隊本部、ジャルデン・チエラルカ憲兵分隊、第47衛戍病院(一等)
護郷軍ジャルデン・チエラルカ自警團
17-02ghaaアクヴェンダン衛戍地(アクヴェンダン郡アクヴェンダン町、別稱ワーラセル源泉)海港から内陸へ入る最初の中継地。豊富な泉水があり、古代より隊商の休息地として賑った。水賣商人組合(アクヴェンダール)と云う徒党の本拠地があったのが、地名の由来。前の戰争では兵站司令部が設置され、補給の中継地點として活躍した。
衛戍司令官: 獵兵第3旅團長
獵兵第3旅團司令部、龍騎兵第5聯隊、野砲兵第5聯隊、工兵第5大隊、輜重兵第5大隊、獵兵第3大隊、獵騎兵第3聯隊、憲兵分駐所(1)、第3軍樂隊、第48衛戍病院(三等)
17-03ghakクリアンタ・バテリエ要塞地帯(アクヴェンダン郡クリアンタ・バテリエ村、別稱クライング・バッテリ砦)海岸線に沿う丘陵地帯に設けられた砲臺群。森林に隠蔽された海岸砲は敵艦の接近を許さず、大陸東部の柔らかな下腹を防御する。
衛戍司令官: クリアンタ・バテリエ湾要塞司令官 兼 海岸砲兵第9聯隊長
クリアンタ・バテリエ湾要塞司令部、海岸砲兵第9聯隊、憲兵派遣所(1)、第40衛戍病院(四等)
17-04ghanナイルロコ要港(アクヴエンダン郡ナイルロコ村、別稱ネイルゲイト湾)大陸東端にある海軍基地。東南部沿岸の哨戒を任務とする第3艦隊諸艦艇が立寄り補給・修繕を行う。
衛戍司令官: 海軍ナイルロコ要港部司令官
海軍ナイルロコ要港、海軍第31防備隊、海兵第8聯隊、憲兵分駐所(2)、海軍病院

工作部の船渠


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【アルジェント縣】人口680,000(市部80,000)、1市4郡4町35村227街(商工業従事率41%、市部94%)、人口密度85/平方粁(市部780/平方粁)、面積8,000平方粁=滋賀、象徴:南天

もと東方帝國領であったが、その衰退に伴い19世紀初めレミニア系住民が獨立を宣言し、アルジェントリア自由國が成立した。レミニアはこれに援助を與え他國の干渉を許さなかったが、20世紀初頭の東方帝國の事實上の崩壊に際し、遂にアルジェントリアを併合した。レミニアがこの邊境に特別な執着を示した理由は、アルジェントリアが古代レミニアの祖先が居住し繁榮していた民族揺籃の地で、蛮族の侵入により已む無く西部に流浪した歴史を持つため、殊更に愛着を持っていたからである。廣大な休火山臺地の上にあり、気候温暖な畑作地帯。農産物加工業が盛ん。


18-01aaアルジェント衛戍地(アルジェント市郊外)近代より農産物の集積地として建設されたレミニア人入植者による都市。農産物加工の拠点として發展した。前の戰争では東部戰線の兵站主地が置かれた。
衛戍司令官: 歩兵第18聯隊長
歩兵第18聯隊、アルジェント聯隊區司令部、憲兵派遣所(2)、第50衛戍病院(四等)
18-02awcコリント衛戍地(ヴォロンテューロ郡コリント村)古代より變わらぬ風光明媚な遺跡の地。前の戰争中に郊外の廣大な平地に飛行場が建設され、東部戰線の空軍基地となって以来、戰略飛行旅團の駐屯地となっている。
衛戍司令官: 飛行第2旅團長
歩兵第18聯隊、アルジェント聯隊區司令部、憲兵派遣所(2)、第50衛戍病院(四等)
護郷軍旅團の閲兵式

18-03awbプレイン衛戍地(ヴォロンテューロ郡プレイン村)アルジェント自由國が東方帝國から獨立を宣言した時、レミニア系住民が集會し、新政府を設立した記念すべき地。
衛戍司令官: 飛行第3旅團長
飛行第3旅團司令部、降下獵兵第1旅團司令部、飛行兵第5聯隊、飛行兵第6聯隊、降下獵兵第1大隊、降下獵兵第2大隊、降下獵兵第3大隊、降下獵兵第4大隊、降下獵兵第5大隊、工兵第20大隊、憲兵分駐所(4)、第52衛戍病院(三等)
18-04awmメダルスカルト衛戍地(オクツイデント郡メダルスカルト町)古代に繁榮した城塞國家の遺構がある。レミニア人は此處より發祥した。遊牧騎馬蛮族の侵入により城塞を捨て北方に亡命して北方帝國を建設し、また西方に亡命した別派はレーベ王國を建設した。荒廃を極めたアルジェントリアは遊牧騎馬民族の去った後を東方帝國が支配するところとなり、近代に至って漸くこれより分離獨立してアルジェントリア自由國となり、レミニア聯合共和國の傘下に入ったのである。
衛戍司令官: 第3工兵隊司令官
第3工兵隊司令部、信號工兵第3大隊、防毒工兵第3大隊、憲兵分駐所(5)、第53衛戍病院(三等)
護郷軍メダルスカルト胸甲騎兵聯隊  → top
【マルボルドリエンタ縣】人口708,000(市部128,000)、1市5郡4町39村215街(商工業従事率38%、市部92%)、人口密度81/平方粁(市部640/平方粁)、面積8,800平方粁、別稱イースト・ショア、象徴:竹

大陸北東部海岸地帯。岩だらけの海岸線が續き、石質の不毛地帯を経て休火山臺地に至る荒涼地であるが、海に注ぐ幾つかの河川を遡れば深い森林に覆われた渓谷が見られ、畑作に從事する住民は専らそのあたりに居住している。レミニア人は殆ど居らず、多くの人種からなる古来よりの土着民が昔乍らの部族生活を營んでいる。


19-01maツインドルルブ衛戍地(ツインドルルブ市)休火山臺地の北東端にある盆地。物産の集積地として繁營し、古代文明を継承するオムプ族、アウト族の根拠地でもある。東方帝國はここに鎮臺を置いたが、それはアルジェント自由國守備隊のものとなり、更に現在の衛戍部隊に引継がれている。
衛戍司令官: 歩兵第10旅團長
歩兵第10旅團司令部、防空12旅團司令部、混成襲撃飛行兵第1旅團司令部、ツインドルルブ聯隊區司令部、歩兵第19聯隊、飛行兵第24聯隊、高射砲兵第12聯隊、獨立混成飛行第2大隊、獨立混成飛行第3大隊、獨立混成飛行第4大隊、獨立混成飛行第5大隊、獨立混成飛行第6大隊、獨立混成飛行第7大隊、獨立混成飛行第8大隊、憲兵分駐所(6)、第54衛戍病院(三等)
19-02msb★★★バリエル軍港(シュトーノ郡バリエル村)海軍第3艦隊の根拠地。ここより舊東方帝國沿岸さらに遠東に至る海路を防衛する任務を帯びる。遠東に於いては我が権益を保護し、支那・日本及び諸列強と競合する。周邊は密林と荒涼とした海岸が續き、僅かに獵師、樵、漁民が住み着く。軍港の開設により地方の繁榮は多少とも促されたようである。
衛戍司令官: 海軍東方鎮守府司令長官
海軍東方鎮守府、第3防備隊、海兵第3旅團司令部、海兵第7聯隊、水兵團、海軍工廠、海軍病院、海軍監獄、バリエル憲兵分隊
19-03msbバリエル要塞地帯(シュトーノ郡バリエル村)この要塞地帯から軍港にかけては、かって石質の不毛地帯であったが、鎮守府と要塞の設置以来、軍の需要に應えて周辺の村落は殷賑を極め、人口も増加中である。
衛戍司令官: バリエル湾要塞司令官 兼 海岸砲兵第10聯隊長
バリエル要塞司令部、海岸砲兵第10聯隊、憲兵分駐所(7)、第55衛戍病院(四等)
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【ソヴァジラント縣】人口875,000(市部132,000)、1市6郡12町45村275街(商工業従事率34%)、人口密度76/平方粁、面積11,600平方粁=茨城、象徴:杉
大陸中部に広がる大荒野地帯。北部は砂漠が連綿と續く。農業振興のため南部に長大な運河が設けられている。牧畜、岩塩礦などが主産業。古代、遊牧騎馬民族の猛攻により亡國し、北方を目指してアルジェントリアから逃れたレミニア人難民が追撃の手を振り払いながら命からがら横断したのがこの地である。前の戰争(1927-28)では東部戰線の舞臺となり、練達の北方帝國軍機甲部隊の猛攻にレミニア東部野戰軍が次々と敗退したのは記憶に新しい。長く占領され、特に占領擔任部隊が北方帝國軍から舊東方帝國軍の傭兵部隊に交代してからは全土荒廃を極めたが、住民は敢然と不正規抵抗戰を展開し、兵站線を寸断するなどして占領軍を悩ませた。
20-01swワルト衛戍地(ワルト市郊外)荒野地帯の中央に東方帝國時代に陸上交易拠點が置かれ、繁榮した。現在は物資の集散・加工地として發展している。食肉・岩塩はここから陸路北方に、また南海岸まで鐵道を経てジャルデン・チエラルカ港より海路西方に輸送される。前の戰争では前線で敗北したレミニア東部野戰軍が早々に撤退したため、北方帝國軍に無血占領された。
衛戍司令官: 歩兵第20聯隊長
歩兵第20聯隊、憲兵派遣所(3)、ワルト聯隊區司令部、第56衛戍病院(四等)
護郷軍ワルト聯隊
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【グランポンド縣】人口427,000、4郡4町21村110街(商工業従事率41%)、人口密度86/平方粁、面積50,000平方粁=佐賀、象徴:水仙
大陸中部に広がる大森林地帯。巨大な臺地と湖を含む。東は峻険な山脈で海岸地帯と隔てられており、西はソヴァジラントの大荒野地帯、南はアルジェントリアの休火山臺地、北は砂漠地帯。廣大な面積に比して住民は少なく、古代よりの森林原住民が平和な採集生活を営んでいる。
21-01gdd★★ドマルプロクシマ衛戍地(ドマルノヴァ郡ドマルノヴァ町)巨大臺地の上にある城塞都市。舊東方帝國時代には鎮臺が置かれ、原住民の統治に任じていた。前の戰争(1927-28)では前線で敗北したレミニア東部野戰軍が早々に撤退したため北方帝國軍に無血占領された。
衛戍司令官: 第6師團長
第6師團司令部、歩兵第11旅團司令部、歩兵第21聯隊、ドマルプロクシマ聯隊區司令部、ドマルプロクシマ憲兵分隊、第58衛戍病院(二等)
21-02gdk軍用地(ドマルノヴァ郡カテンマルノヴァ村)舊東方帝國の流刑地があり、その跡を利用して陸軍監獄が設けられた。
陸軍第3監獄
21-03gbs★シプニグラ衛戍地(ベルベル郡シプニグラ村)巨大臺地上にある農業地帯。穀物を大量に産し、大陸中部一帯の穀倉を以て任じ、住民は富裕である。
衛戍司令官: 野戰重砲兵第3旅團長
野戰重砲兵第3旅團司令部、野戰重砲兵第5聯隊、野戰重砲兵第6聯隊、獨立第3砲兵情報隊、憲兵分駐所(8)、第59衛戍病院(三等)
21-04gbrリズブルニグラ衛戍地(ベルベル郡リズブルニグラ村)巨大臺地上にある豊かな農業地帯。
衛戍司令官: 野戰高射砲兵第3旅團長
野戰高射砲兵第3旅團司令部、野戰高射砲兵第5聯隊、野戰高射砲兵第6聯隊、獨立聴音第3中隊、獨立照明第3中隊、憲兵分駐所(9)、第60衛戍病院(三等)
21-05gbb★★★ベルベル衛戍地(ベルベル郡ベルベル村)運河沿いの砂地にあり、牧畜を生業とする寒村だったが、1930年に機動軍の衛戍地と決まってから、一夜のうちに騎兵4箇旅團と砲兵3箇聯隊其の他の特科部隊が駐屯し、一大軍事基地を現出せしめた。村の經濟は非常に潤い、人口が急増した。
衛戍司令官: 騎兵第1師團長
騎兵第1師團司令部、騎兵第3旅團司令部、騎兵第6旅團司令部、騎兵第7旅團司令部、騎兵第8旅團司令部、機動砲兵第1旅團司令部、驃騎兵第3聯隊、驃騎兵第6聯隊、槍騎兵第3聯隊、槍騎兵第6聯隊、龍騎兵第6聯隊、龍騎兵第13聯隊、龍騎兵第14聯隊、胸甲騎兵第3聯隊、胸甲騎兵第6聯隊、野砲兵第6聯隊、野戰高射砲兵第11聯隊、騎砲兵第1聯隊、工兵第16大隊、信號工兵第6大隊、輜重兵第6大隊、輜重兵第11大隊、獵兵第6大隊、獵兵第7大隊、獵兵第10大隊、獵騎兵第6聯隊、第6軍樂隊、ベルベル憲兵分隊、第1兵器隊、第61衛戍病院(一等)
21-06gdbバンダンポルデグ衛戍地(ドマルプロクシマ郡バンダンポルデグ村)大陸中央部より東部海岸に通ずる峡谷。密林の他には何もない土地。森の人と呼ばれる原住民が棲息しているが、この種族は遮蔽に長けているので、その姿を目撃した者は餘りいない。前の戰争終結後、中央部一帯の山嶽戰・密林戰に長けた原住民を中心に對占領軍抵抗運動兵士を加えて獵兵旅團が置かれた。占領軍の兵站線を破壊し、北方帝國軍の前進を阻止した戰中の功績顕著であったため、内外よりレミニア陸軍最強の遊撃戰専用部隊と看做されている。
衛戍司令官: 山嶽獵兵第2旅團長
山嶽獵兵第2旅團司令部、山嶽獵兵第4大隊、山嶽獵兵第5大隊、山嶽獵兵第6大隊、山砲兵第2聯隊、憲兵分駐所(10)、第62衛戍病院(三等)  → top
【東部直轄地モント・グレネイェグ州】人口148,000、1町7村53街(商工業従事率39%)、人口密度82/平方粁、面積1,800平方粁、象徴:駱駝
舊北方帝國の東部邊境属領。北東部砂漠地帯の西半部を占め、古来ロソ族、スル族等の山嶽に根拠地を持つ原住民が砂漠を来往し、隊商や旅人を悩ませた。これを鎮撫する為に中世より舊北方帝國から騎士團が入植し苛政を敷いたが、僅かに平地部分の治安を辛うじて維持するに過ぎず現在まで其の状態は継續している。原住民から云えば、入植者や旅人は貴重な水源を濫りに汚染し、野獸の不必要な捕獲を行って食糧を缺乏させる掟破りの悪者揃となり、時折のレミニア人襲撃はその怒りの表れである。これに對し陸軍は軍律を適用し、原住民の虐殺や強制移住などを行っている。更に護郷軍の駐屯部隊は密輸業者や山賊團の討伐にも熱心で武装警察としての機能を果たし、静謐保持に努力している。また正規軍駐屯部隊は隣國軍の國境侵犯に備え監視と兵員訓練に日夜精励している。
22-01mpモント・グレネイェグ衛戍地(ラプリマ町)
衛戍司令官: 歩兵第22聯隊長
歩兵第22聯隊、ラプリマ聯隊區司令部、憲兵派遣所(4)、第95衛戍病院(四等)
護郷軍第1守備隊司令部、護郷軍乗馬獵兵第1聯隊、護郷軍獨立騎砲兵第1中隊、護郷軍獨立工兵第1中隊
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【東部直轄地ゲムリヴェル州】人口489,000、2郡2町25村63街(商工業従事率20%)、人口密度63/平方粁、面積7,800平方粁、象徴:馬蹄
舊北方帝國の東部邊境属領。バクテリアに國境を接し、昔より貴金属の埋蔵が噂されていて、一攫千金を夢見る冒險者が往来する地であるが、その殆どは剽悍な原住民の虜となって高額な身代金を支拂う羽目となっている。この地を守備する歩兵隊はもと北帝國レギオン・デクステルランダール(外人部隊)として知られ、原住民の執拗な叛亂を鎮壓してきた歴戰部隊である。今度の戰争ではバクテリア及びメロニア軍の侵入を撃退し大いに活躍したが、戰後大合併で混成旅團から規模を縮小し通常の歩兵聯隊に改編された。なお多くの外國人義勇兵を受入れており、舊軍の傳統は其の儘生き續けている。
23-01gttゲムリヴェル衛戍地(ゲムリベル郡ラデュア町)
衛戍司令官: 歩兵第12旅團長
歩兵第12旅團司令部、歩兵第23聯隊、憲兵派遣所(5)、ラトリア聯隊區司令部、第97衛戍病院(三等)
護郷軍乗馬獵兵第2聯隊
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【東部直轄地ネジュヴァレト州】人口477,000、3郡3町31村86街(商工業従事率22%)、人口密度65/平方粁、面積7,400平方粁=埼玉、象徴:車輪
舊北方帝國の東部邊境属領。メロニアに國境を接する。越境密貿易が盛んで、不逞の馬賊取締の為たびたび軍隊が出動している。中世に舊北方帝國より騎士團が入植して平地部を制壓。新受爵者に領地を与えるたびに、この地が選ばれたので更に入植者が増加し、現在も新村が建設されている。
24-01nkkネジュヴァレト衛戍地(ネジュバレト郡ラクヴァラ町)
衛戍司令官: 歩兵第24聯隊長
歩兵第24聯隊、憲兵派遣所(6)、ラクヴァラ聯隊區司令部、第98衛戍病院(四等)
護郷軍乗馬獵兵第3聯隊
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【東部直轄地ヴァルリヴェル州】人口387,000、2郡2町25村67街(商工業従事率25%)、人口密度67/平方粁、面積5,800平方粁、象徴:禿鷹
舊北方帝國の東部邊境属領。北東部砂漠地帯の東半部を占め、古来より砂漠の原住民が往来し、山岳地帯に城塞を築き通商を妨害してきた。今度の戰争(1927-28)の為に北方帝國の軍政が敷かれ治安の強化が断行されて以来、静謐を保っている。
25-01vddヴァルリヴェル衛戍地(ヴァルリヴェル郡ラトリア町)
衛戍司令官: 飛行第6旅團長
飛行第6旅團司令部、飛行兵第11聯隊、飛行兵第12聯隊、獨立歩兵第52聯隊、憲兵分駐所(11)、ラデュア聯隊區司令部、第49衛戍病院(三等)
護郷軍乗馬獵兵第4聯隊
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西部軍管區
第7師團管區
   第13旅團管區
      →ノルダ縣 ボアパレ聯隊區
      →ホーク縣 ホーク聯隊區
   第14旅團管區
      →インク縣 インク聯隊區
      →キング縣 キング聯隊區
第8師團管區
   第15旅團管區
      →サラマンダー縣 サラマンダー聯隊區
      →ラトラント縣 ラトラント聯隊區
   第16旅團管區
      →リイ縣 リイ聯隊區
      →西部直轄地リヴェルージャ州 リヴェルージャ聯隊區
   西部邊境警備區
      →西部直轄地ドルナベート州 ブランカランピンデスカ聯隊區
      →西部直轄地マンダリン州 マンダリン聯隊區

【ノルダ縣】人口961,000(市部319,000)、1特別市(6區)6郡6町43村368街(商工業従事率43%・市部81%)、人口密度175/平方粁(市部532/平方粁)、面積5,500平方粁=愛媛、象徴:百合
舊北帝國の中心地。古代の建國當初は共和制の都市國家であったが、中世に帝制をとるや強力な軍團を諸方に派遣し、次々と属州を設け大陸の西半部を占め、更に北方に版圖を擴げ、東方帝國と拮抗する大勢力を誇るに至った。然し1927年より1928年にかけ、政策の誤りにより嘗て属州に過ぎなかったレミニアと全面消耗戰を繰り廣げ、疲弊した挙句、近隣好戰諸國の参戰を誘發し、遂に和平派の政権奪取により講和に漕ぎ着けた。レミニアと合併して聯合共和國を構成し、昨日の敵を今日の友として聯合軍を編成、大陸最大規模の軍事力で好戰諸國の侵略を佛拭したが、1年有餘に亘る總力戰により蒙った傷は深く、復興の方途をなお模索中である。
26-01gagab★★★ボアパレ衛戍地(ノルダ市ボアパレ區)舊北方帝國の首府中心地にして帝國宮殿をはじめ枢要政府機關が集中していたが、前の戰争(1927-28)でミグルシア空軍の大空襲を受け悉く灰燼と歸し人口は激減した。猛毒瓦斯彈の空中大量投下に依り未だ草木も生えず、かっての美しい街並は悉く焼夷彈に依り破壊され荒涼たる焼野原が廣っている。復興の目途は立たず人々は急造の掘立小屋に住んでいる。戰後の大合併後、首府はレミニアに移り、その凋落振りは目を覆わしめるものがある。
衛戍司令官: 第4軍司令官
第4軍司令部、第7師團司令部、歩兵第13旅團司令部、防空第8旅團司令部、ボアパレ聯隊區司令部、ボアパレ幼年學校、歩兵第25聯隊、飛行兵第20聯隊、高射砲兵第8聯隊、第4憲兵隊本部、ボアパレ憲兵分隊、第63衛戍病院(一等)
護郷軍ノルダ飛行隊


26-02gaggジェラール衛戍地(ジェラール郡ジェラール町)広大な牧草地の中にあり、馬産地として知られ、帝國時代より騎兵團の大駐屯地がある。
衛戍司令官: 騎兵第4旅團長
騎兵第4旅團司令部、驃騎兵第4聯隊、槍騎兵第4聯隊、龍騎兵第7聯隊、胸甲騎兵第4聯隊、野砲兵第7聯隊、工兵第7大隊、輜重兵第7大隊、憲兵分駐所(1)、第4軍樂隊、第64衛戍病院(三等)
護郷軍ノルダ騎兵團司令部、ジェラール驃騎兵聯隊、ネイ龍騎兵聯隊、パットン胸甲騎兵聯隊
26-02gafbバトンゲェンヌ軍用地(フォートイル郡バトンゲェンヌ村)険しい山地の中腹にある要塞を轉用した古くからある陸軍監獄。
陸軍第4監獄
26-04gaccシェバル衛戍地(シェバル郡シェバル町)
衛戍司令官: 野戰高射砲兵第4旅團長
野戰高射砲兵第4旅團司令部、野戰高射砲兵第7聯隊、野戰高射砲兵第8聯隊、獨立聴音第4中隊、獨立照明第4中隊、憲兵分駐所(2)、第65衛戍病院(三等)
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【ホーク縣】人口2,820,000(市部226,000)、1市16郡16町197村536街(商工業従事率24%、市部96%)、人口密度152/平方粁(市部2,260/平方粁)、面積21,400平方粁=岩手二倍、象徴:鷲
舊北方帝國の一翼を構成した富裕な王國。ノルダが帝國の軍事を代表するとすれば、この王國は經濟を代表し、殊に大商船團による世界貿易は大量の富を北帝國に齎し、現在も愈々隆盛を誇っている。17世紀より營々と維持されてきた海軍は、東方帝國を壓倒し、南洋に殖民地を擴大した。東方帝國の崩壊後は、海軍の武力を背景に東洋に進出した。今度の戰争を終結させた和平派は、この王國から出た元老院議員が主力となっている。北部湾口には聯合共和國最大の商港ホーキンハム市が繁栄し、北東部は石油・石炭の採掘が盛ん、内陸部はなだらかな丘陵地帯に田園が広がり、牧畜業が盛ん。ミドルホーク王朝は純粋レミニア人から成っていたが、乏しい勞働力を補うため英國・愛蘭系移民を多く受入れてきたので、地名は悉く英語起源である。
27-01mhホーク衛戍地(ホーク市郊外)王國の首府。舊北方帝國の副都として繁榮。今次戰争(1927-28)の被害も僅少で、戰後復興の原動力として期待されている。大湾口の南岸に位置し、繁華な商港を持つ商都は増加する人口により混雑を極めるが、その背後には昔ながらの緩やかな丘陵地が連なり、豊かな田園地帯が廣っている。
衛戍司令官: 歩兵26聯隊長
歩兵第26聯隊、ホーク聯隊區司令部、憲兵派遣所(1)、第66衛戍病院(四等)
27-02mmfフォートシアーズ衛戍地(ホーク郡フォートシアーズ町)古城に駐屯する獵兵隊は、王國輕歩兵隊としての長い傳統があり、獨特の慣習と赫々たる武勲を持つ。
衛戍司令官: 獵兵第4旅團長
獵兵第4旅團司令部、西部工兵管區司令部、獨立工兵第14大隊、鐡道第4聯隊、獵兵第4大隊、獵騎兵第4聯隊、憲兵分駐所(3)、第67衛戍病院(三等)
護郷軍ホーク旅團司令部、ホーク聯隊
27-03mmqキュラジエル要塞地帯(ホーク郡キュラジエル村)中世の騎士團の本拠地。大湾口を見下ろす臺地に古い城塞が築かれており、王國の防衛拠點となっていた。
衛戍司令官: キュラジエル要塞司令官 兼 海岸砲兵第11聯隊長
キュラジエル要塞司令部、海岸砲兵第11聯隊、憲兵派遣所(2)
護郷軍ホーク騎兵旅團司令部、ホーク龍騎兵聯隊、ホーク胸甲騎兵聯隊、ホーク農騎兵聯隊
27-04mmg★フモパフィラ軍用地(ホーク郡フモパフィラ村)今世紀初頭に油田が開発されて以来、貧しい漁村にすぎなかった村は大發展をとげ、住民は一挙に富裕となった、現代神話の地。
海軍製油所
27-05mcc★チープサイド軍用地(パセール郡チープサイド町)郊外の大内海沿岸にある農業集散地。一帯の漁師の家からは代々海兵隊員を輩出してきた傳統がある。
海兵嚮導團司令部、海兵嚮導聯隊、海軍病院分院、憲兵分駐所(4)  → top
【インク縣】人口265,000(市部132,000)、1市2郡2町5村169街(商工業従事率70%、市部92%)、人口密度331/平方粁(市部1,320/平方粁)、面積800平方粁、象徴:三角錘
先住民の古代帝國が繁榮していた大盆地。山嶽地帯には巨大な尖塔を伴うピラミッドが祭儀用に點々と建設されており、その遺構は現在も保存されている。北方帝國の遠征軍を斥け中世においても獨立を保っていたが、16世紀に至り銃砲を装備した傭兵部隊から成る遠征軍にあっけなく占領された。新たな入植者が土地を占有し、原住民は農業勞働者となった。僅かに獨立を維持していた山間部の原住民も數次の叛亂事件の後、鎮壓され、新しい地主と農場主のもとで過酷な奴隷勞働に從事しなければならなかった。この縣は現在もアンドロメダ縣と並び内地で最も貧しい地帯として知られている。
28-01iiインク衛戍地(インク市)造船業の盛んな港湾都市。
衛戍司令官: 第4防空管區司令官 兼 防空第10旅團長
第4防空管區司令部、防空第10旅團司令部、歩兵第14旅團司令部、歩兵第27聯隊、飛行兵第22聯隊、高射砲兵第10聯隊、インク聯隊區司令部、憲兵分駐所(5)、第69衛戍病院(三等)
護郷軍北西部旅團司令部、インク聯隊
28-02iggグロリア衛戍地(グロリア郡グロリア町)
原住民が建設した有名な古代遺跡、摩天の塔がある。
衛戍司令官: 第4工兵隊司令官
第4工兵隊司令部、信號工兵第4大隊、防毒工兵第4大隊、憲兵派遣所(3)、第70衛戍病院(四等)
護郷軍グロリア飛行隊
28-03iccク−ル衛戍地(クール郡クール町)
北西海岸の寒冷な地にあり、古代より狩獵採集民が住み着いていたが、大内海の入口に位置するため戰略上重要視され、中世には早くも城塞が造られ、周邊に睨みを利かせていた。
衛戍司令官: 野戰重砲兵第4旅團長
野戰重砲兵第4旅團司令部、野戰重砲兵第7聯隊、野戰重砲兵第8聯隊、獨立第4砲兵情報隊、憲兵分駐所(6)、第71衛戍病院(三等)
護郷軍クール工兵隊  → top
【キング縣】人口641,000(市部136,000)、1市4郡4町22村252街(商工業従事率58%、市部93%)、人口密度237/平方粁(市部1,360/平方粁)、面積2,700平方粁=鳥取、象徴:羅針盤
大内海の西岸に位置し、かってはホーキンハム縣の一部であったが、地方制度整備により新たな縣に昇格した。古代より海賊の根拠地として繁榮してきた。海賊船團は17世紀には帝國海軍として皇帝より補助金を下賜され多數の艦艇と乗員を備え、西方海上の制海權を握った。
29-01kkキング衛戍地(キング市郊外)
衛戍司令官: 歩兵第28聯隊長
歩兵第28聯隊、憲兵派遣所(4)、キング聯隊區司令部、第72衛戍病院(四等)
護郷軍キング聯隊
29-02kss★★★シーブラッド軍港(シーブラッド郡シーブラッド町)
17世紀の私掠特許状を持つ海賊團が根拠地とした良港。18世紀には帝國海軍本部が置かれた。
衛戍司令官: 海軍西方鎮守府司令長官
海軍西方鎮守府、第1防備隊、水兵團、海軍工廠、海軍病院、海軍監獄、海軍砲術學校、海軍水雷學校、海軍技手養成所、海軍火藥廠、海軍燃料廠、シーブラッド憲兵分隊
29-03ksm★★海軍軍用地(シーブラッド郡マリーン村)
海兵のメッカ。住民の男子は、ほとんど海兵隊員に志願した經驗を持っている。
海兵隊司令部、海兵第1旅團司令部、海兵第1聯隊、海軍病院分院、憲兵分駐所(7)
護郷軍救難隊

村の「海兵通」

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【サラマンダー縣】人口329,000(市部138,000)、1市2郡2町13村159街(商工業従事率51%、市部93%)、人口密度103/平方粁(市部690/平方粁)、面積3,200平方粁=香川、象徴:火を吹く山椒魚
北西部に置かれた廣大な邊境伯領が起源。漁民と樵が住む素朴な地方。
30-01ss★★サラマンダー衛戍地(サラマンダー市郊外)
衛戍司令官: 第8師團長
第8師團司令部、歩兵第15旅團司令部、歩兵第29聯隊、サラマンダー聯隊區司令部、サラマンダー憲兵分隊、第74衛戍病院(ニ等)
護郷軍サラマンダー旅團司令部、サラマンダー聯隊、サラマンダー飛行船隊  → top
【ラトラント縣】人口612,000(ラトラント市140,000、アルボマルノーヴァ市96,000)、2市4郡7町19村320街(商工業従事率54%、ラトランド市93%、アルボマルノーヴァ市90%)、人口密度110/平方粁(ラトランド市700/平方粁、アルボマルノーヴァ市480/平方粁)、面積5,600平方粁、象徴:山大鼠
北西部に置かれた廣大な邊境伯領が起源。漁民と樵が住む。
31-01rrラトラント衛戍地(ラトラント市郊外)
衛戍司令官: 歩兵第30聯隊長
歩兵第30聯隊、ラトラント聯隊區司令部、憲兵派遣所(5)、第75衛戍病院(四等)
護郷軍ラトラント聯隊  → top
【リイ縣】人口710,000(市部172,000)、1市5郡6町34村265街(商工業従事率42%・市部94%)、人口密度87/平方粁(市部860/平方粁)、面積8,200平方粁、象徴:仙人掌(サボテン)
北方帝國の北部邊境の属州として、古代より軍團が駐屯していた。農業縣で、特に牛の放牧業が盛ん。大内海の北岸に接し、そのまま大平原が北に向って續き、その先はゴルゴニアに隣接する國境地帯となっている。1930年にはゴルゴニア軍の侵攻を見たが、帝國國境守備隊の奮戰により戰線が維持され、急速なレミニア軍の到着により難なくこれを撃退している。戰後、列車強盗團が横行して官憲を翻弄しているが、現在厳重に取締中である。

32-01llリイ衛戍地(リイ市郊外) 縣廰所在地。農産物加工業が盛ん。
衛戍司令官: 歩兵第16旅團長
歩兵第16旅團司令部、歩兵第31聯隊、龍騎兵第8聯隊、野砲兵第8聯隊、工兵第8大隊、輜重兵第8大隊、憲兵分駐所(8)、リイ聯隊區司令部、第85衛戍病院(三等)
護郷軍リイ旅團司令部、リイ聯隊、リイ飛行隊、


32-02llリイ湾要塞地帯(リイ市)
大内海に接する狭隘な湾口の海岸要塞。大内海に侵入してきた敵艦隊を阻止する役目を負っている。他に長距離砲により敵上陸部隊を射撃殲滅することが出来る。
衛戍司令官: リイ湾要塞司令官 兼 海岸砲兵第13聯隊長
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【西部直轄地リヴェルージャ州】人口218,000、1町12村56街(商工業従事率40%)、人口密度84/平方粁、面積2,600平方粁=香川、別稱レッド・リヴァー邊境、象徴:星
リイ縣の西に広がる大平原。南北にレッド河が貫通している。不毛の荒野が續く邊境で、18世紀以来の開拓も遅々として進まない。入植してきた開拓民は氾濫する大河と砂地を席捲する強風に失望する。更に西に進むとミグルシア王國との國境に達する。重要な防衛地帯で、大規模な機甲集團が置かれている。
33-01rrリヴェルージャ衛戍地(リヴェルージャ町)
州廰所在地。ピナルテイと云ふ峻険な丘陵地帯の西方にあるが、治水が未發達のため、洪水が頻發する。
衛戍司令官: 騎兵第2師團長
騎兵第2師團司令部、騎兵第9旅團司令部、騎兵第10旅團司令部、騎兵第11旅團司令部、機動砲兵第2旅團司令部、歩兵第32聯隊、龍騎兵第15聯隊、龍騎兵第16聯隊、驃騎兵第7聯隊、胸甲騎兵第7聯隊、槍騎兵第7聯隊、野戰高射砲兵第12聯隊、騎砲兵第2聯隊、獵兵第8大隊、獵兵第9大隊、獵兵第11大隊、獵騎兵第7聯隊、工兵第17大隊、信號工兵第7大隊、輜重兵第12大隊、憲兵分駐所(9)、第2兵器隊、リヴェルージャ聯隊區司令部、第88衛戍病院(三等)
護郷軍第3守備隊司令部、護郷軍乗馬獵兵第7聯隊、護郷軍獨立騎砲兵第3中隊、護郷軍獨立工兵第3中隊  → top


【西部直轄地ドルナベート州】人口166,000、1町9村49街(商工業従事率40%)、人口密度83/平方粁、面積2,000平方粁、象徴:茨
リヴェルージャ州の北にある開拓地。古代北方帝國の属州であったが、寒冷のため人氣がなく、中世の帝國混亂時代にはその存在すら忘れられていた。1930年以降のゴルゴニア軍との交戰状態は存續しているが、さしものゴルゴニア軍も此の邊鄙な地方には近づかないのである。
34-01tw ブランカラムピンデスカ衛戍地(ブランカラムピンデスカ町、別稱ワイト・ヒートランド砦)州廰所在地。
衛戍司令官: 獨立歩兵第25旅團長
獨立歩兵25旅團司令部、獨立歩兵第49聯隊、憲兵分駐所(10)、ブランカラムピンデスカ聯隊區司令部、第99衛戍病院(三等)
護郷軍乗馬獵兵第8聯隊  → top
【西部直轄地マンダリン州】人口1,037,000、7郡4町79村118街(商工業従事率40%)、人口密度62/平方粁、面積16,800平方粁=兵庫、象徴:蜜柑
ゴルゴニア國境に接する開拓地。北方帝國の属州だったが、比較的に温和な氣候に恵まれ、果樹栽培、電氣工業などの産業振興が成功し、西部邊境では最も繁榮している。1930年以降、依然としてゴルゴニア軍と交戰状態にあり、國境地帯に於いて断續的に儀式的な砲撃戰・空中戰が見られる。
35-01mamマンダリン衛戍地(マンダリン町)州廰所在地。
衛戍司令官: 獨立歩兵第50聯隊長
獨立歩兵第50聯隊、憲兵派遣所(7)、マンダリン聯隊區司令部、第100衛戍病院(四等)
護郷軍乗馬獵兵第9聯隊
北部軍管區  → top
第9師團管區
   第17旅團管區
      →オルニア縣 オルニア聯隊區
      →パペルニア縣 パペルニア聯隊區
   第18旅團管區
      →セン縣 セン聯隊區
      →トメニア縣 トメニア聯隊區
第10師團管區
   第19旅團管區・第20旅團管區
      →北部直轄地スカイ州 ラウンドダイニン聯隊區
   北部邊境警備區
      →北部直轄地フェルトサイト州 ペパラプ聯隊區

【オルニア縣】人口273,000(市部179,000)、1市1郡1町6村191街(商工業従事率71%、市部94%)、人口密度171/平方粁(市部895/平方粁)、面積1,600平方粁、象徴:太陽
古代より北帝國の軍團が駐屯した北部邊境の礦山地帯。大規模な金礦山があり、非常に富裕であるため、中世以来、装備の良い軍隊を編成して近隣諸邦を席捲し、北帝國の中の小帝國として威を唱えた。侵入してくる蛮族を斥け、北邊遠征を行い、隣邦パペルニア、センを支配し、北に矛先を轉じて広大なトメニアを領土に編入、さらにゴルゴニア、ミグルシアに侵入するなど、その軍事活動は強力で、北方帝國の版圖擴大に貢献した。住民は純粋レミニア人によって占められ、傳統的に大レミニア主義を唱導。1927-1928年の戰争も、この地方出身の勢力が獨裁者を熱烈に支持して、開戰の原因をつくった。現在もオルニア祖國黨は上下両院の右翼を占め、ゴルゴニア聯邦・ミグルシア王國への逆侵攻を唱導し復讐戰を劃策している。
36-01oo★★★オルニア衛戍地(オルニア市)
古代より北方帝國の軍事力を支えてきたオルニア人の本拠地。政治的にも右翼黨派が強く、熱血の愛國主義者を輩出している。今尚停戦協定が結ばれないゴルゴニア戰線に志願する者が跡を絶たず、護郷軍オルニア突撃隊としてその巧みな戰術を以て勇名を轟かせている。また治安維持には鐵兜團なる武装集團が補助警察兵力として活躍している。
衛戍司令官: 第5軍司令官
第5軍司令部、第9師團司令部、歩兵第17旅團司令部、第5工兵隊司令部、オルニア聯隊區司令部、オルニア幼年學校、歩兵第33聯隊、信號工兵第5大隊、防毒工兵第5大隊、第5憲兵隊本部、オルニア憲兵分隊、第76衛戍病院(一等)
護郷軍オルニア旅團司令部、オルニア聯隊、オルニア飛行隊
36-02oopプルモンジェート衛戍地(オルニア郡プルモンジェート村)

衛戍司令官: オルニア山嶽要塞司令官 兼 要塞砲兵第8聯隊長
オルニア山嶽要塞司令部、要塞砲兵第8聯隊

オルニア聯隊の衛兵交代
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【パペルニア縣】人口379,000(市部156,000)、1市3軍3町11村228街(商工業従事率60%、市部94%)、人口密度127/平方粁(市部780/平方粁)、面積3,000平方粁、象徴:鐵槌
古代より北方帝國の軍團が駐屯した田園地帯。中世を通じて北邊より蛮族の侵入に悩まされた。近代に至り、隣邦オルニア軍との戰争を經てその勢力下に入った。
37-01pn★★ノヴパペルニア衛戍地(ノヴパペルニア市郊外)
東北部の中樞都市。古代北邊の軍團駐屯地として開設され、中世には陸上交易中継點として繁榮した。18世紀には工業が盛んとなり、商工業都市として富裕層が集住し、美しい都市整備が行われた。純粋レミニア人に加え、北邊諸民族、東歐移民、猶太人などで構成される。市郊外の北はロンダ平野が續き、先に進むとオルニア盆地に至る。南は廣大なトメニア平原に連なり、その先はゴルゴニアとなる。1930年以来、このゴルゴニアと緩慢な戰争状態に陥っている國境地帯であるが、レミニア軍・舊北方帝國軍の合同による新生聯合共和國陸軍の防備は固く、飛行聯隊の爆撃行と勇猛なオルニア突撃隊の活躍は新聞紙面を賑わせている。
衛戍司令官: 第5防空管區司令官 兼 防空第4師團長
第5防空管區司令部、防空第4師團司令部、防空第11旅團司令部、歩兵第34聯隊、龍騎兵第9聯隊、野砲兵大9聯隊、工兵第9大隊、輜重兵第9大隊、飛行兵第23聯隊、高射砲兵第11聯隊、ノヴパペルニア聯隊區司令部、憲兵分駐所(1)、第5軍樂隊、第77衛戍病院(ニ等)
護郷軍ノヴパペルニア聯隊
37-02prrロンダ衛戍地(ロンダ郡ロンダ町)
オルニア盆地とノヴパペルニア市の間に横たわる廣大な麥作地帯。収穫時には、黄金色の麥畑以外には點在する白い穀物蔵の塔しか見えない。ロンダは近世にオルニア軍がパペルニア侵入のために幾度か會戰した地。西に進むと同様なカイェラ平野が續き、セン盆地に至る。
衛戍司令官: 騎兵第5旅團長
騎兵第5旅團司令部、野戰重砲兵第5旅團司令部、驃騎兵第5聯隊、槍騎兵第5聯隊、胸甲騎兵第5聯隊、野戰重砲兵第9聯隊、野戰重砲兵第10聯隊、獨立第5砲兵情報隊、憲兵分駐所(2)、第78衛戍病院(三等)
37-03pktテルルカート衛戍地(カダール郡テルルカート村)
衛戍司令官: パペルニア要塞司令官 兼 要塞砲兵第10聯隊長
パペルニア要塞司令部、要塞砲兵第10聯隊  → top
【セン縣】人口1597,000(セン市178,000、プレイト市128.000、ラウポボリータ市126,000)、3市6郡6町100村494街(商工業従事率32%、セン市94%、プレイト市92%、ラウポボリータ市92%)、人口密度74/平方粁(セン市890/平方粁、プレイト市640/平方粁、ラウポボリータ市625/平方粁)、面積21,800平方粁、象徴:稲穂
古代より北方帝國の軍團が駐屯した田園地帯。中世にオルニア騎士團の殖民により大規模な穀倉地帯として發展した。地主など支配層は騎士團員の純粋レミニア人によって占められているが、勞働力確保のため原住民や移民など雑多な民族を受入れ、急速な人口増大を見た。人種混交も進み、セン人と云う獨特な民族が形成されている。
38-01ssセン衛戍地(セン市)
縣東南部にある中世以来の商業都市。陸上交易中継點として、南部からの隊商が宿營し、また穀物の大取引市場が立っている。
衛戍司令官: 歩兵第18旅團長
歩兵第18旅團司令部、北部工兵管區司令部、歩兵第35聯隊、獨立工兵第15大隊、鐡道第5聯隊、セン聯隊區司令部、憲兵分駐所(3)、第79衛戍病院(三等)
護郷軍セン旅團司令部、セン聯隊セン飛行隊
38-02sbブレート衛戍地(ブレート市)
縣東部にある中世以来の城塞都市。縣内の穀物集散地として機能。城壁と穀物蔵が續く町並は壮観。
衛戍司令官: 野戰高射砲兵第5旅團長
野戰高射砲兵第5旅團司令部、野戰高射砲兵第9聯隊、野戰高射砲兵第10聯隊、獨立聴音第5中隊、獨立照明第5中隊、憲兵分駐所(4)、第80衛戍病院(三等)
護郷軍プレート聯隊
38-03sl★★ラウポボリータ衛戍地(ラウポボリータ市)
縣南部にある中世以来の城塞都市。地主・農民相手に手工業品を提供し、金融業を營む。郊外には戰略飛行部隊が駐屯。
衛戍司令官: 飛行第2師團長
飛行第2師團司令部、セン山嶽要塞司令部、飛行第4旅團司令部、飛行第5旅團司令部、要塞砲兵第9聯隊、飛行兵第7聯隊、飛行兵第8聯隊、飛行兵第9聯隊、飛行兵第10聯隊、ラウポボリータ憲兵分隊、第81衛戍病院(ニ等)
護郷軍ラウポボリータ聯隊
38-04sppプノイ衛戍地(プノイ郡プノイ町)
古代より續く自治都市。背後に山嶽を控えた丘陵の上にあって、城塞を構え、北帝國に忠實な政治勢力として重きをなした。殊に法典編纂に從事する優れた法曹を多數輩出し、北帝國の今日法治國家としてあるのは彼らの營々たる努力の賜物とされている。囚人部隊として有名な懲治隊が置かれているが、現在ゴルゴニア戰線に出動中である。
衛戍司令官: 懲治隊長
懲治隊、陸軍第5監獄   → top
【トメニア縣】人口464,000(市部85,000)、1市5郡5町21村171街(商工業従事率42%、市部88%)、人口密度86/平方粁、面積5,400平方粁(市部425/平方粁)、象徴:湧泉
東部はゴルゴニアと國境を接する山深い邊境。南部は大草原が廣っている。古来の遊牧民と山賊まがいの山嶽住民のほかには、植民者の開拓農場が點在する。鐵道も道路も整備されておらず、交通手段は相變わらず馬匹に頼っている
39-01ttトメニア衛戍地(トメニア市郊外)州北端にある中世以来の要塞都市。物資の集散地として、北方への出撃門として、重要な戰略拠點の役割を擔ってきた。トメニア侯爵の領地として繁榮したが、北部に軍事覇権を樹立する野望に燃えるオルニア軍團に攻略占領され、政治力を奪われた。
  衛戍司令官: 歩兵第36聯隊長
歩兵第36聯隊、山嶽獵兵第8大隊、山嶽獵兵第9大隊、山砲兵第3聯隊、憲兵分駐所(5)、ノルディア聯隊區司令部、第82衛戍病院(四等)
護郷軍トメニア聯隊
39-02tffフォント衛戍地(フォント郡フォント町)
廣大な草原の中にある源泉を中心として古代より榮えた邊境の宿營地。隊商はここで人馬を休め、隊列を整えた。ゴルゴニア國境の最前線で、巡邏のため快速剽悍な獵兵部隊が配備されている。
衛戍司令官: 獵兵第5旅團長
獵兵第5旅團司令部、獵兵第5大隊、獵騎兵第5聯隊、憲兵分駐所(6)、第83衛戍病院(三等)
39-03tkkカメリア衛戍地(カメリア郡カメリア町) カメリア峡谷地帯には古代よりトメニアから北帝國中心部に至る軍道と小運河が通じており、重要な戰略拠點として砦が設けられ軍團支隊が駐屯していた。通商路としても繁榮し、長大な隊商が常時往還した。住民は精悍にして山嶽生活に通じており、宿驛を營み、商人を護衛し、時には山賊に早代わりして、活躍している。椿の群生地として有名で、椿油が特産。
衛戍司令官: 山嶽獵兵第3旅團長
山嶽獵兵第3旅團司令部、山嶽獵兵第7大隊、憲兵分駐所(7)、第84衛戍病院(三等)
39-04tr1トメニア西部山嶽衛戍地(トメニア郡第一土人居留地)
衛戍司令官: トメニア西部山嶽要塞司令官 兼 要塞砲兵第6聯隊長
トメニア西部要塞司令部、要塞砲兵第6聯隊
39-05tc5トメニア東部山嶽衛戍地(チェリザビエーノ郡第五土人居留地)
衛戍司令官: トメニア東部山嶽要塞司令官 兼 要塞砲兵第7聯隊長
トメニア東部山嶽要塞司令部、要塞砲兵第7聯隊

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【北部直轄地チエール州】人口1,883,000(市部106,000)、1市12郡14町120村333街(商工業従事率28%、市部91%)、人口密度70/平方粁、面積27,000平方粁、別稱チエル邊境、象徴:流星
民族發祥の地。レミニア人の先祖が放牧生活を送っていた。中でも有力なブトノイ族とオリャッコ族は繁榮し、過剰人口が南下を開始。長途、大陸南岸アルジェントリアに至り、メダルスカルト王國を建設した。これが現在のレミニア人の始祖となった。北部はゴルゴニアに接する國境地帯。
40-01sr★★ロンダタブル衛戍地(ロンダタブル市)
州廰所在地。古代より北帝國の軍團が進駐し、總督府がおかれた。中世にはタブロンダ城が建設され、州内騎士團の本拠地となった。陸上中継貿易點として繁榮し、現在に至っている。
衛戍司令官: 第10師團長
第10師團司令部、歩兵第19旅團司令部、歩兵第37聯隊、龍騎兵10聯隊、野砲兵第10聯隊、工兵第10大隊、輜重兵第10大隊、ロンダタブル聯隊區司令部、ロンダタブル憲兵分隊、第91衛戍病院(ニ等)
護郷軍第2守備隊司令部、護郷軍乗馬獵兵第5聯隊、護郷軍獨立騎砲兵第2中隊、護郷軍獨立工兵第2中隊
40-02sfs衛戍地(フェルト郡ディマンチプンクト町)
州南部の廣大な放牧地帯から集まってくる牧畜業者の取引場として中世以来繁榮してきた。
衛戍司令官: 歩兵第38聯隊長
歩兵第38聯隊、憲兵派遣所(1)、第92衛戍病院(四等)
40-03sffbローカ衛戍地(ファーフェルト郡ローカ町)
ゴルゴニア國境に接する防衛拠點。
衛戍司令官: 歩兵第39聯隊長
歩兵第39聯隊、憲兵派遣所(2)、第93衛戍病院(四等)
40-03sufeエレクトリク衛戍地(スールフェルト郡エレクトロ町)
ゴルゴニア國境の防衛拠點。古代神話によれば精悍な女王の支配する文明國家があったとされている。
衛戍司令官: 歩兵第40聯隊長
歩兵第40聯隊、憲兵派遣所(3)、第94衛戍病院(四等)  → top
【北部直轄地フェルトサイト州】人口160,000、2郡2町5村72街(商工業従事率56%)、人口密度115/平方粁、面積1,400平方粁、
レミニア人揺籃の地。古代神話によれば、神が怠惰な人類を此の地に移して農耕と牧畜を教え、自活させた。人間は増えて此の地に溢れたので、餘剰人口が各地に移住し、現在の大陸諸民族となったとされている。最近の考古學及び人類學の發掘隊により、純粋レミニア人の特徴を顕著に有する人骨と穴居跡が多數發見されるに及び、神話の信憑性に俄かに注目が集まっている。州域は廣大な草原から成り、住民は剽悍にして乗馬・騎射に優れ住居は不定、粗放農業、遊牧を生業として州内を移動。
41-01ffpペパルパコ衛戍地(フェルトサイト郡ペパルパコ町)
衛戍司令官: 獨立歩兵第53聯隊長
獨立歩兵第53聯隊、ペパルパコ聯隊區司令部、憲兵派遣所(4)、第91衛戍病院(四等)
護郷軍乗馬獵兵第6聯隊
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